第1章

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 「またあいつか。いい加減疲れる」  周りから小言を言われながら、上司にしきりに頭を下げている人物は、良井蓮美。中堅の事務職に入社。約半年は経つ。この会社は主にパソコンで先方先への書類作成やデータ管理を行っている為、いかに早くパソコンの扱いに慣れるかかが、今後の仕事に影響を及ぼしていくのだが。  「申し訳ございません。期限内に終わらせないとと焦っていて、誤字に気付いていませんでした」  怒りをあらわにしている上司に対し、ひたすら頭を下げ続ける。この光景は周りの職員はもうすでに見慣れていた。また、怒られているのかと囁く人もいる。蓮美は元々、パソコンは大の苦手。初めは電源を点けることすら分からなかった。唯一、優しい先輩がいてくれたおかげで、なんとか業務を行うことは出来ている。だが、期限が迫ると焦りも募り、 今回は単純な誤字さえも気づかぬまま先方に通してしまい、上司から雷を落とされている状況だ。怒鳴られ続け、もう三十分は経つ。 謝り続ける蓮美の肩に手が置かれた。柑橘系の爽やかな香水の香りが漂う。振り向くと、 見慣れた先輩の顔があった。蓮美を見て、次に上司に目を向け、にっこりと笑顔を見せる。  「彼女の指導は主に私が行ってきました。 今回のミスは私のミスでもあります。どうか 許してもらえないでしょうか」  張りのある声で上司に言い、頭を下げる。 上司は頭をかきながら、  「君が言うなら仕方ない。解散。解散」  あっさりとこの場から解放してくれた。自分の席に戻ると、私は隣に座った先輩にお礼を言う。先輩は無言で親指を立てた。  終電が間近に迫る時間帯に、一人社内でパソコンと向き合い、唸り声を上げている女性がいる。蓮美本人だ。明日までに、またも資料作成を行わなければならず、今日は上司に特別に遅くまで残って仕事を続けていいと許可までもらえた。しかし、なかなかはかどらない。パソコンの扱いが苦手である為、タイピングも遅い。改行もやっと出来るレベルである。  「もうこれじゃあ間に合わないよ」  自然と口から小言が漏れてくる。社内には蓮美以外誰もいない為、耳を傾ける人物はいない。  (ちょっと気分転換しよ)  資料作成のウインドウを閉じ、メールボックスを開く。一通の未読メールがあった。  「何これ。さっきまで無かったのに」
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