第7話 燕と大砲

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 燕特有の甲高い声と共に、大広間に1羽の燕が飛び込んで来る。 「ガエターノ!あんたも無事で良かった。ってことは旦那も無事だね?」  ウンウン、と彼女の手の甲に舞い降りて頷き、尻尾をくるくると2回回す。 「あと2時間で帰る、ね。街道はどうだった?ファルコに知らせてやりな。それと………」  大広間に続々と騎士達が集まってくる。 「………ガエターノ、あんたってアルティスには行ったことある?」  燕のガエターノが自信たっぷりに胸を膨らませる。 「子供が産まれて落ち着いたら一度は行かなきゃね、みたいな話はしてたんだけどさ、オルフェーヴルは実家も王家も苦手って言ってたけど……」  窓の方から第99席の古書店店主のラムダ卿の声がする。 「流石はうちの店員だな。もうこれだけかき集めてくれたのか!」  見ると、カラス達が大小様々な地図をせっせと窓から机へと運び込んでいる。それを横目で見て、アンジェリカがガエターノにそっと囁いた。 「………そうなんだ、帝国が何かしでかすとしたら危ないのは隣国のアルティス、で、その次にうちの国だ。アルティスの様子を見てきて欲しい。あんたは速いからね、危なかったらすぐに逃げてくるんだよ」  何度も何度も頷いてから、矢のようにガエターノが飛び立っていく。ふう、と息を大きく吐くと、第1席のローエンヘルム卿がそんな身重の彼女を大きな椅子に座らせる。 「お前さんに何かあったらあの世のジャコモ卿に死ぬほど怒鳴られるでな」 「………孫の顔を見せてやりたかったよ。こんな時に言う話じゃないけど」 「いいや。おぬしが城にいたおかげで初動が速くて助かっておる。希望ある話の一つや二つ、許されて然るべきじゃな」  女王陛下とアンジェリカの命令を受けた侍女達が城のカーテンを総出で外しては担架を作り上げ、騎士達がそれを担いで街へと出動していく。中庭では従者やコック達が城中のシーツを切りあげて包帯などを作り上げている。 「腕の良い外科医には心当たりがあってな」 「第1席には叶わないねえ」 「そろそろ楽隠居してこの席もおぬしらに譲ろうか、とティーゼルノット卿と話していたというのにこの騒ぎ。どう思う?」  何時もならのんびりと煙が燻っているはずのローエンヘルム卿のパイプに火が入っていない。 「嫌な予感しかしないね。さっきからずっと、奇妙な風が吹いてる。それも、東から西に向かって、ずっと。何かとんでもないやつが来る、そんな予感だ」 「流石は『風の魔法使い』」 「………ずっと持て余してた力だよ。剣と一緒に発揮することを覚えてなかったら、きっと私は何者にもなれなかった」 「あのファルコとてそうじゃったな。魔法使いとは難しいものか」 「………ああ。なんだろうね。私とファルコとゴードンは恵まれてる。何て言うか、狂気に近いんだ、魔法って。勝手にどんどん飲まされる強すぎるお酒にも似てる。人によって違うだろうし、ゴードンみたいに一子相伝できちんと使いこなす奴もいる。けれど、誰かが近くで支えててくれないと、どんどん淵に飲まれちまう、本質的には、そういうやつだよ」 「なるほど」  アンジェリカが目を閉じて、息を吐きだしながら言った。 「ここは、この国は、私達を生かしてくれた、何よりも大事な場所だ。そう、ここを守ることは、私達が生きる意味と、同じようなものさ」
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