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『銀色のドラゴンが城に向かってくる』
と物見係が震えながら飛び込んで来てからまだ1時間も経っていない。アルティスの国王が歯を食いしばって、城の目前に迫りくる巨大な生き物を見つめる。
山の向こうの帝国で一体何が起きたのか。大津波のように揺れた大地で、既に城下は壊滅状態であり、堅牢なはずの城も半壊している。あの『銀色のドラゴン』は、帝国とアルティス国の間に聳える峻厳な高い山々もあっという間に飛び越えて、しかも、どうやら城『だけを』狙って、迷わず一直線に飛んでくるらしい。
雷鳴を纏い、空を紅く染めながら、突如現れた災害そのものにも見えるドラゴンが城へ、城へと迫り来る。
「構えよ!!!!」
長弓兵隊が一気に弦を引く。
(………はたして効くかどうか。だが、まだこの城は捨てれぬ)
この大混乱の中、辛うじてかき集めた兵士達が、蒼白になりながら弓を放つ。
早急に王妃や王子達を馬車に乗せ、城下から南のカンタブリア領へと脱出させたのが数刻前である。もう少し、時間を稼がねばならない。
「頼むぞ皆」
皆目見当は付かないが、あの眩い銀は、かの帝国特有の輝きである。
「50年前の戦より、どうも厄介ですな」
隣の老いた宰相が呟く。
「最悪、城を捨てて皆を率いて逃げろ。わしは……残らねば」
「そういう面倒なプライドを捨ててしまえば、南のカンタブリア領とももっと友好的になれるんですがね、そういうところは、先の王そっくりですな」
「王子も、姫も、この城で育ててやりたかったがな」
激しい衝撃音、壁が崩れる音、そして兵士達の悲鳴が響く。突風が吹き荒れ、思わず二人は床に膝を付く。
「弓はやはり効かぬか」
「時間がもっとありましたら、大砲も投石機も用意できましたが、このような急襲、しかもあんなドラゴンを寄越すとは、帝国もえげつないですな……」
壊れた壁から銀色に輝くドラゴンが見える。絵物語でしかないはずの存在。絵物語でみたそれよりはやや手足が小さく、長い身体の、不可思議な生き物。それが、体中に銀の鎖を巻いている。
「カールベルクの方が、先見の明があったということか」
つい先日カールベルクの若き女王陛下から内密の手紙が届いたことを思い出す。帝国の様子に気を付けるように、と。東の島から得体の知れない何かが運ばれ、それがドラゴンの卵である可能性がある、と。一笑に付して執務室の引き出しにそんな手紙をしまったことを、こうも後悔するとは。
轟音と共に、城の物見櫓に雷が落ちて木っ端微塵に吹き飛ぶ。静電気がパチリパチリと音を立てて肌を撫でる。反射的にアルティス王が叫ぶ。
「武器を捨てて退却せよ!!!」
凄まじい音が響き、次々と城に雷が落ちてくる。最後まで奮戦を諦めなかった兵士達を率い、王達は階段を駆け下りる。そこに、一人の侍女が走ってきた。
「陛下!た、大変です、食料庫の奥に………」
「この期に及んでこれより大変なことがあるものか。早く述べよ!」
「あの、それが、カンタブリア領からの方が、食料庫から、助けに………」
「食料庫からだと?!」
半ば自棄になって、王は侍女の後を走る。そして食料庫、地下に通じている城の1階の扉を開く。するとそこには、床にぽかりと開いた穴と共に、南方のカンタブリア領特有の明るい色合いの服装を着た男が立っていた。
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