第7話 燕と大砲

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「………50年前の戦の時に、カンタブリアの領主は考えたんです。このままじゃ埒外があかない。国王を、暗殺しようと。その時に地下から潜入出来るように、穴を掘ったんです。ところが、完成直前に和平が成立。穴掘りはそのまま中止された、というわけでしたが………」  王と宰相、やってきた兵士達全員が驚きのあまり言葉を失う。 「カンタブリア領主だけの秘密、ということでしたが、王家危急につき、父の命を受け急ぎ完成させた次第です。陛下。私の名はヘクター・ド・カンタブリア=アルティス。カンタブリア領主代理第1子。さあ、早くこちらへ。この穴は城の堀の外に続いています。馬車も待たせております。私の領へお越しください」  窓の外から、こんな時だというのに何故か1羽の燕の鳴き声が響き、男の肩の上にひらりととまる。 「王妃様、王子様にも護衛をつけさせています。王さえ生きていればあとはどうとでもなるものだ、先王の暗殺を企てた我が祖父は死ぬまで大層悔しげにそう言っておりました。つまり、あなた様さえ無事であればいいのです。今度こそ、我々は、手を取り合えるはず」 「………承知した。カンタブリア領の後継ぎよ。我らは手を取り合える。その言葉に偽りはないものと見た」  王が、腰の剣に手を当てることもなく、つかつかと掘られた穴へ降りていく。王の後ろから降りたヘクター卿が、ぽつりと呟く。 「……昔、弟が言っていたのです。『何故、もっと王家との間柄を良くしようとしないんです』。王家へ献上する帳簿を付ける係をしていた、17番目の弟です。国を富ませ、民を養うのに、この国は二分したままで、偽りの帳簿まで提出し、それを良しとしている。これでは新たに発展するものも望めない。そういって親子の縁を切ってまで、家を飛び出した」 「…………」 「今ではカールベルクの騎士として、そして亡き前法務官の養子として働いています。私にだけは、時折便りを寄越すのですが」 「カールベルクか」 「財務の能力を遺憾なく発揮しています。我らの城の立て直しの予算を組ませたら喜んでやってくれると思うのですが、それよりもどうもあのドラゴン、『城』だけを狙っている模様。城下にも人間にも馬にすら目をくれず、ただただ城だけを、ああして攻撃している。……カールベルクが心配です。あの優しい女王陛下のこと、城を開放して町の人達の救助をしているはず。城下町と周辺の穀倉地帯と森だけの小さな国です。城以外に民を守れる場所はないに等しい」 「………だが」 「弟の妻はかの国の騎士団長ですが折しも臨月でして」 「………」  通路を歩く一同の足音だけが、狭い洞穴の中に陰鬱に響く。 「宰相」 「なんでしょうか」 「大砲を出してやれ。堀の外の倉庫に何台かあるだろう」 「……かしこまりました」 「カールベルクまでの道筋に並べよ。当たるも当たらぬも気にするな。あのドラゴンの進みを多少でも遅くしてやれればそれでいい。最も早い使いは?」 「それならば、私と弟の間を飛ぶこの燕がおります」 「燕!?」 「確かにカールベルクからの手紙はいつも鳥達が送ってくるが………」 「カールベルク女王陛下付きの魔法使いは『鳥の魔法使い』。鳥達の聞いたこと、話したことは全て理解することが出来るのです」  王と宰相が顔を見合わせる前で、カンタブリア領の後継、そしてカールベルクのオルフェーヴル卿の一番上の兄でもあるヘクター卿が言った。 「ガエターノ、君が来てくれて本当に助かった。アルティス王家は全員無事だと伝えてくれ。街道沿いに大砲を設置する。焼け石に水かもしれないけど、ドラゴンの狙いは『城』だとあの女王陛下に一刻も早く伝えるんだ。僕らは少しでも街道で時間を稼ぐ。北と南で気性は違えどアルティスに生まれた我々は、どちらもやられっぱなしが気性に合わなくてね」  王が思わず呵々と笑う。 「よかろう。アルティスの民の意地を見せてやるぞ。皆のもの、城は一旦放棄する。だが、ここから出たらもうひと働きしてもらうぞ!」  陰鬱だった皆の足音が、少しづつ明るいものへと変化する。明るい外の光が差し込み、燕のガエターノが舞い上がる。アルティス王が穴の外に出て、振り返る。恐ろしいほど執拗に、無人になった城を攻撃し続けるドラゴンが背後に見える。きっと粉々になるまで、それを繰り返すに違いない。城は一から再建する事になるだろう。 「皆のもの、急いで大砲を街道沿いに運べ。あのドラゴンがここからカールベルク城へ一直線に飛ぶなら必ず通るはずだ」 「かしこまりました!」 「あの女王陛下は、まだ姫君だった頃から知っておる。優しく、賢い娘だ。うちの王子がもう少し歳を重ねていたならば、縁談を申し込もうかと思ったくらいでな」 「5歳、でしたか」 「ふふ、カンタブリア領の後継よ、おぬしのところの兄弟は大変に多いと聞くが」 「34人でございます。一番下の妹は7歳ですが、樹にのぼり虫を捕らえては老いた母を毎日困らせておりまして」 「子どもというのは何故高い場所に上りたがるのだろうか。我が息子も去年城の螺旋階段の手すりを最上階から滑り降りようとして我が妃に大目玉を喰らっておった」 「気が合いますな」 「…………若者の意見を大事にせよ、とわしは今日ほど痛感したことはなくてな。おぬし、手勢は」 「大砲を運べる程度には連れてきております」 「褒美を取らせてやりたいが、『先の話』になるな」 「つまり『樹と手すりには注意されたし』と家に伝えておくように、と?」  アルティス王が愉しげに笑う。 「カンタブリア領の後継よ。おぬしとは気が合うらしい。我が城を枕に討ち死にするよりも、もっと良き未来が開けてきた気すらしてならぬ。さて……我が城を完全に破壊するには、あと2時間はかかろう。その間に、街道まで大砲を運べるか」 「やってみせましょう」 「宜しい。我が手勢も率いていけ」 「かしこまりました。我が館で王妃様達がお待ちです」  堀の外に建てた倉庫に、大砲が積まれている。 「行って無事を知らせねばならんな。さてこの大砲だが、多少古いが、その分軽く出来ている。あのドラゴンめが我が城に張り付いているうちに、ありったけ運び出すぞ」  自ら軋む扉を開けた王が言う。明かり取りの小窓を開けた宰相が笑う。 「元気になられましたな」 「まだ死ぬには足りぬ。王というのは、孫の代まで生きてこそよ」
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