第7話 燕と大砲

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 窓から矢のように飛び込んできて、小さな肩で息をしながら、そのままぺたりと長い翼を広げて机の上で目を回している燕を見て、ファルコが声を上げる。 「おい、ガエターノじゃねえか!どうした、お前、無理をしすぎたな。今水と栄養をやるから待ってろ……何だって?火急の用だと?」  部屋中に大小様々の鳥達がひしめいている。主人のオルフェーヴルに似た、律儀で温厚な性格らしからぬ、只事ではない様子の燕をファルコは両方の掌で抱え上げてさすってやりながら、息も絶え絶えに話しはじめる燕の一言一言に、耳を傾ける。 「アルティス王のところまで行ったのか。よく間に合ったな。流石はお前だ。それで、無事なのか?………城が、そうか、それで……オルフェーヴルの実家?成る程、九死に一生だったわけだ……」  ウンウン、と力なく頷き、なんとか息を吐いてガエターノはファルコに、見てきたものと聞いてきたもの全てを話し出す。 「で………街道に、大砲を?ちょっと待て、何だと、『城』が、狙われるだと………」  ファルコの顔から血の気が引いていく。 「まずい」  ガエターノを両の掌に抱えたまま、開いた扉から嵐のように飛び出す。混み合う階段を人を押しのけながら走りつつ、 「何時間持ちそうだ、その大砲とやらは………そうか、だがないよりマシだ。あの地震から1時間でアルティスまで来る速さだ。尋常じゃない。ああ、くそ………」  大広間に飛び込んで、 「エレーヌ、アンジェリカ、ちょっと来い!話がある!!」  ファルコが声を上げる。思わず言い返そうと振り返ったアンジェリカと、何時もより切羽詰まった声に気付いた女王陛下が息を呑んだ。 「どうしたのさファルコ、あんた真っ青だよ。それに、ガエターノじゃないか!無茶はするなって言ったじゃないの…………」 「何かあったのね。すぐに話して」 「ああ」  そこに、薬箱を片手にオルフェーヴルが駆け込んでくる。 「ミーンフィールド卿が先に城へ行け、と。遅くなってすまない。アンジェリカ、これは卿からの預かり物だ。体調は?」 「………たったいま、私の体調どころじゃない話が来たよ」 「何だって?」  エレーヌが空を仰ぎ、呻くように呟く。 「私の判断が甘かったのね、ああ、まさか『城』を狙ってくるなんて、こここそが、この国で今一番安全だと、思っていたのに……」 「いや、エレーヌ、お前の判断は正しい。良いから落ち着け、ゴードンが来たら、俺とあいつでなんとかしてやる。多少の時間は街道のアルティス軍達が稼いでくれている。逃げ出せるやつは今すぐ退避だ。動けない奴らはもう、城に残すしかない。城内で一番安全な場所へ移動させてくれ」 「アルティス王?」 「お前の兄貴は有能だなオルフェーヴル。それとガエターノもだ。アルティス王は九死に一生だが生きている。アルティスの城は粉々らしいがな。お前が到着したってことはゴードンはだいたいあと30分後か……アンジェリカ、オルフェーヴルに説明してやってくれないか。エレーヌ、騎士団総出で避難開始だ。………それに俺にあと30分時間をくれ。『鳥の魔法使い』として頼む。入江姫とベルモンテは?」 「救護班を手伝っているわ」 「話を聞いてくる。何か方法があるかもしれない」  アンジェリカが言う。 「………ファルコ、鍛冶場からあの剣を持ってきていい?」 「………いや、そうさせないようにするのが俺の仕事だ。何のためにゴードンがその薬箱持たせてオルフェーヴルを先に送り出したと思ってる。30分くれっていっただろう。俺が『悪知恵』を働かせる時間だ。『悪巧み』担当は30分後にご到着だ。昔取った杵柄を見せてやる。その間、騎士団総出でキリキリと皆を避難誘導しておいてくれ」  遠くから微かに大砲の音が聞こえる。 「………つまり、アルティス城が完全に陥ちた。来るぞ」  全員が息を呑む。 「クソ、森からこっちは俺らのシマだ。ドラゴンだろうが帝国の野郎共だろうが知らねぇが1歩たりとも入れてやらねぇからな………」  思わず往年の言葉遣いで呟くファルコの肩に手を置いて、エレーヌが言う。 「懐かしい森ね。一度身代金目当てで誘拐されて小さな洞穴に軟禁されたこともあったけれど。何年前だったかしら」  こわばったままだったファルコの口元から場違いな笑みがこぼれ落ち、青ざめていた顔に、生気が戻る。 「俺とゴードンで助けに行ったんだったな。森の中でやりあうんだったらあの第五席の得意技だ。そう、森だったらな……」  顎に手を当てて、思わずファルコが立ち止まる。 「アンジェリカ、お前の魔法、『風』だったな」 「そうだけど、ドラゴン吹っ飛ばせたらもうとっくにやってるよ」 「あとで相談することがあるかもしれねえ。だから今はその薬を飲んでちょっと休んでてくれ。一仕事、頼むかもしれないことがある」 「………了解。私への頼みごとなんて珍しい。お代は高いよ」 「領収書で寄越してこいよ。俺は鳥頭だから書類がねえとツケなんて一瞬で忘れるんだ。入江姫達のところへ行ってくる」 「わかった。あとはうちらに任せな。さ、陛下。うちの有能な魔法使い様が立派な悪知恵を発揮してくださる間に、陛下は陛下のなさるべき事を、なさってくださいな」  女王陛下が微笑んだ。 「ありがとう。その通りね」 「私は隣の小部屋でちょっと休むから、オルフェーヴル、頼んだよ」  オルフェーヴルがアンジェリカに薬箱を渡して言った。 「薬箱は置いておくけど、きちんと効能を読むんだよ。お酒と違って一気飲みしていいやつじゃないんだからね!」 「もう!わかってるよ。おいで、ガエターノ。無茶させちゃってすまないね。こんなに頑張ってくれるなんて思わなかったよ」  まだ少しヨロヨロしている燕が、ぺたぺたと机の上を這ってくる。 「後で城の従者に特製の栄養剤を持ってこさせるからな。人間だったら30年分の報酬をやってもいいくらい働いてくれた。おかげで助かったぞ。じゃあ救護班のところへ行ってくる」  急ぎ足で出て行くファルコを見送り、女王陛下も近くの従僕を呼び止めて言う。 「騎士団収集の鐘をもう一度鳴らして。皆に状況を説明します。99席のラムダ卿はいて?地図を全て持ってこさせるように」 「かしこまりました」  まだ若く経験も豊かではない女王陛下。それが自分である。重々承知していたことだ。焦っても、怖がってもいけない。そして、幸いなことに、自分は一人ではない。生まれたときから今まで、誰かに支えられながら生きてきた。今度は自分が皆を支えなければならない。  エレーヌ・フェルメーア・リ・カールベルク。22歳の若き女王陛下が、大広間の大テーブルの上に置かれていた指揮棒を手に取って、静かに大広間の自分の椅子に、背筋を凛と伸ばして腰掛けた。
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