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「で、何をする気なのさ」
真っ赤に染まる空に、雷鳴が轟く。
「避難は完了したか」
「怪我の具合次第で私の館とお父様の霊廟に振り分けたわ」
「中庭には動かせない患者が残っている。それで、女王陛下」
「私はここにいるわ。安心して」
ファルコとゴードンが同時に息を吐く。
「昔を思い出すな」
「この姫君が俺らの言うことを聞いてくれたことなんてあったっけな」
「残念ながら記憶にないな」
「ミーンフィールド卿まで!」
エレーヌとアンジェリカが同時に声を上げる。
「このトンチキ阿呆鳥とボンクラ唐変木!さっさと作戦を言いな!さもないとこの場で3人くらい子ども産み落としてやるんだからね!!」
「おいオルフェーヴルを過労で殺す気か。暴れん坊隊長よぉ。そのトンチキとボンクラを一気に吹っ飛ばす念願の機会をくれてやるって言ってるんだ」
「何だって!?」
バルコニーを何度も往き来し、歩幅で何やら図っているらしいファルコが言う。
「やっぱりどう考えてもお前の力がいるんだ。アンジェリカ、ありったけの『風』がいる。ゴードン、悪いが少しばかり装備を軽くして欲しい。危ないのは承知だが」
『まさか、ご主人様………』
「そのまさかだ。ゴードンのお袋、俺の師匠が昔教えてくれた、『鳥の魔法使い』最大の魔法だ」
女王陛下の肩の上に止まっていたロッテが息を呑む。
「………『大魔法使い』と呼ばれるには二つの条件があるらしい。ひとつは『魂の割譲』、俺はここまではやれた。そこにいる使い魔のロッテだ。もうひとつは『肉体の変様』つまり、『鳥そのものに変身すること』だ。だが、この期に及んで小鳥になんか変身したところでどうしようもない、わかるな」
「………それで、私に装備を軽くしろ、と。成る程、アンジェリカの風で飛ぶということは、相当の大きい翼で挑むつもりだな」
ミーンフィールド卿が思わず眉間に手を伸ばしながら、聞いた。
「元の、人間の姿に戻れる保障は」
「………残念ながら、今の俺の力だと五分五分だな。エレーヌ、そう言うわけだ。最悪お前は『やたらでっかい鷲』を飼育する羽目になる。その時は旨い肉を寄こせよ」
エレーヌとアンジェリカ。そしてオルフェーヴルが言葉を失って二人を見つめる。
『でも………でも、ダメよそんなご主人様、いくらなんでも、そんな、それに……』
「まあ国が滅ぶよりマシな賭けだろ。この城あってのカールベルクだ。ここがなくなったら国民全員が詰みなんだよ」
『ゴードンさん』
思わずひらりと、何時ものようにミーンフィールド卿の肩にやってきたロッテに、彼は言う。
「ロッテ、もうひとつ案がある。森だ。私の森でさえあれば、どんな相手だろうが多少は有利だ。それと、ひとつ頼みがある」
『………何かしら』
「最悪の事態が起きたら、全員を連れて城から退避してほしい。テオドールがいる中庭の皆もだ」
思わずオルフェーヴルが声を上げる。
「駄目だ、そんな危険な賭けに君達を送り出せない。アルティスからの援軍が来るかもしれない。僕が……」
「残念ながらミーンフィールド家の家訓には『如何なる時も夫たるもの臨月の妻から離れてはならない』とあってな。アンジェリカを頼むぞ。お前の妻には随分と無理をさせてしまうが、薬箱を用意しておいてよかった。役立てて欲しい。それと、これを預かっていてくれ」
ミーンフィールド卿が、美しく光る『花の剣』の鞘を渡す。
「手綱がないな。そこのカーテンのタッセルを借りるが、宜しいだろうか、陛下」
エレーヌが、ぐっと唇を噛みしめて、そして、数秒後に言う。
「……許可します。ミーンフィールド卿。ファルコを、頼みます」
「承知致しました我が陛下」
ミーンフィールド卿が、跪いて胸に手を当てて言った。次に、何事かを少し考えてから、女王陛下が振り返る。
「ファルコ」
「何だ」
「………この前の晩に言おうとして、忘れていたことを、今、思いだしました。こちらへ」
「何だって?」
「ちょっとだけ、しゃがんで」
「何だ、内密の話か?払いそびれた領収書なら……」
途端に、ファルコの唇が塞がれる。ただただ燃えるように熱く、若く、まだ完全には熟していない赤い果実のような唇の色と、僅かに潤む蜜のような瞳の色が、この『鳥の魔法使い』の視界を、視界だけではない全てを、目くるめく様に奪い取る。細く白い指が、伸ばしっぱなしの銀色の髪に触れ、頬に触れ、そして、細い腕が背中に回る。
オルフェーヴルがカーテンのタッスルを取り落とし、アンジェリカが思わず天を仰ぐ。跪いているミーンフィールド卿が微かに口元に笑みを浮かべ、その肩の上のロッテが真っ赤に染まり、永遠のような一時が、バルコニーの上を巡る。
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