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両手に纏った風が、バルコニーを吹く風と同化して流されていく。
「はは、トンチキとボンクラめ。子供がお腹から出てきそうだったよ………」
思わずその場に座りこんで、アンジェリカが呟く。
「オルフェーヴル。もしかして、このお腹の子達、双子かもしれない。魔法を使ったとき、感じたんだ。小さい手の平が4つ、私を支えてくれたのを」
そして、息を吐く。
「今日もし何かあったら出産費用はあの二人の給料から差っ引いて貰うからね」
思わずオルフェーヴルが青ざめる。
「大丈夫かい!?」
「こんなとこに座りこんでちゃお腹に悪いけど、疲れてもう動けないんだ。ちょっと手を貸して」
女王陛下とオルフェーヴルで、アンジェリカをバルコニーの中に引っぱりこみ、大広間のカーテンを引っ剥がして布団替わりにし、彼女をその上に横たえる。女王陛下がアンジェリカの掌を両手でさすってやりながら、優しく聞いた。
「双子ね。楽しみだわ。どっちに似てるのかしら」
「私に似てたら大惨事だよ。私みたいなやんちゃなチビが二人も出てきたら………」
「間違いなく僕が育休を取ることになるね」
そんなアンジェリカと、その手を握りしめるオルフェーヴル二人を見て、女王陛下が囁いた。
「オルフェーヴル卿、城の修繕時に託児所を増やすなら今よ。私が許可するわ」
「………陛下、お任せください。このどさくさに紛れて意地でも費用を捻出してやります。そこで、少々早急な具体案ですが……差し当たってはあの二人の給金から月々しっかりと天引きする、などといった形で宜しいでしょうか」
オルフェーヴルが文官の顔付きになって言うのを見て、アンジェリカが少し懐かしげに笑う。
「そういうところ、あんた、だんだん父上に似てきてるよ」
薬箱を持ってきた女王陛下が呟く。
「ジャコモ卿ね。小さい頃、何度も算数を教えて貰っていたわ。懐かしいわ」
そこに足音が響き、テオドールが入ってくる。
「ご無事ですか、皆様!」
床でカーテンにくるまってるアンジェリカが答える。
「無事だよ、なんとかね。そっちは?」
「中庭の皆は?」
女王陛下に問われ、慌てて胸に手を当てて、頭を下げて答える。
「はい、全員無事です。死者を出すことなく最後まで治療に当たれた、と父がとても感謝していました。それと、えっと、あの」
思わず顔を上げて女王陛下の顔を見て、先程のバルコニーでの一幕を思い出し、耳まで真っ赤になりながら、言う。
「あの……吟遊詩人のベルモンテさんが、陛下にお礼を述べるように、と。えっと、その………『新しいレパートリーをありがとう』と」
女王陛下が思わず虚を付かれて真っ赤になる。
「あなた達、もしかして」
「………中庭から、その、すいません………」
女王陛下が声にならない声を上げてその場で硬直する。
「いいえ、謝ることじゃ、ないわ。そう、そうなのね。丸で考えていなかったわ、ああ、もう、私ったら………」
思わず真っ赤になった顔を覆っている女王陛下は、女王陛下というよりも、丸で絵本に出てきそうなひとりの恋するお姫様そのものである。
「あのボンクラ唐変木の近習っていうからどんな曲者を館に入れたのか心底心配してたけど、第2席のお孫さんだったなんて知らなかったよ。素直で良い子じゃないか。びっくりだよ」
カーテンに包まっている身重の女性が笑う。
「仮にも騎士団長なのにこんな格好で示しが付かなくてごめんよ。私の名前はアンジェリカ・セルペンティシア。騎士団第3席、そこにいるオルフェーヴルは私の旦那様さ」
「はい。オルフェーヴルさんには剣術を教えて頂きました。そういえば、ロッテは………」
「バルコニーさ。外の見張り、いや、それよりも、そう、君のご主人の帰りを待ってる」
「…………さっき、鷲に変身したファルコさんと一緒に、飛び出していくのが見えました」
「君も心配かい」
「………はい。けれど、あの、中庭の前の廊下に、父やロビンさん、入江姫、ベルモンテさんがいます。父は車椅子ですが……もう少し安全な場所を、聞きに来ました。もう皆、一歩も動けなくて……」
「救護班、ありがとうよ。あんた達が最後まで踏ん張ってくれたおかげだよ」
「さっきの雷は大丈夫だった?」
「は、はい」
「オルフェーヴルとアンジェリカはここでもう少し休んでいて。私は皆を案内してきます」
「えっ、女王陛下が!?」
思わず素っ頓狂な声を上げて、恐縮のあまり目を白黒させるテオドールに、女王陛下が微笑む。
「この城に一番詳しいのは、この城の主の私だもの、ね?」
そう言われると返す言葉もない。
「皆にお礼も言いたいわ。レパートリーの件はともかく。さあ、手を。案内してくれる?」
「か、かしこまりました!」
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