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緑と緑の間を低く縫う様に大きな鷲が飛ぶ。その上空から、目下の鷲を追いかけるように飛ぶドラゴンが咆哮し、紅く染まる空から雷鳴が轟き、真後ろの木を轟音と共に真っ二つに裂いていく。
「ファルコ、私の館への道はわかるな。誘き寄せろ」
『館に雷が落ちるぞ、正気か』
「承知の上だ」
森がざわつき、巨大な闖入者を寄せ付けまいと威嚇するような木霊が響きわたる。その木霊に呼応するように、花の剣が輝く。
「今のこの剣ならドラゴンにも効くが、あの銀は貫けない。だが、一か所でも銀を剥がせたら話は別だ」
『………その鉄梃はそういうことか!』
「どうも使い道は他にもありそうだがな。これもテオドールがロビンを紹介してくれたおかげだ。さすが我が近習、女性を見る目に間違いはないと見える」
少しばかり意味深に、ミーンフィールド卿が笑みを浮かべる。
『俺の使い魔を散々泣かしておいて何のうのうと言ってやがるこの唐変木が』
「我が国としては、我らが麗しい女王陛下を適当な国に嫁に出すわけにはいかぬ。つまり、場合によっては、お前が我が主君になる可能性があるのだがな?」
『………王配ってやつか。ああ、お前ってやつは、この期に及んでなお人のケツに火ぃ付けて煽るのが上手いから困るんだ!!』
「というわけで良く励むことだ。我々の悪評は同期の皆に知れ渡っているからな」
『馬鹿野郎!どこの馬の骨ともしれねえスラム生まれの男に無駄な高望みをさせるんじゃねえ。無理な話だ。夢だぞ、夢。あれは、そうだ、夢だったんだ』
「命を賭けるほどの?」
『………ああ、そうだ、夢だ。だから、叶わないとは言ってない』
「そうでなければ。………私とて、まだ見てみたいものがあってな。お前が今さっき見たばかりのもので、私がまだ見たことがないものだ」
『………』
「おかしなものだ。長い遍歴を経て、何度も何度もこの目で見てきたつもりでいたというのに」
砂漠に咲いていた菫の花、燃える天幕で握らせてやったあの白い手、森へ逃げ延びてきた姫君と吟遊詩人、夫を亡くしてなお新たな出会いと共に再度歩き出した未亡人、水源地に佇む柳の樹、生涯誰とも再婚しなかった母、自分の友を愛すると決意したばかりの女王陛下。そして、
「だから私は、応えようと決めたわけだ」
自分の良く知る白い羽の小さな小鳥。あの白い羽が、この緑の森に一人住まう自分の人生をどんなに鮮やかに彩ってきたのか、きっとそれは、この緑の森の方が、自分よりもよく知っている。そんな気さえしてくる。
『……いいぜ。せいぜい魂を全部持っていかれるがいいさ。俺らはそういう風にできてるんだ』
「間違いない」
森の街道の少し外れた場所。曲がれば館へと続く見慣れた道に、次々と雷が落ちていく。ぎりぎりのところで体を翻して飛び続けるファルコに、ミーンフィールド卿が言った。
「私の庭で歓待する」
『………そうだな。開けた場所はこの森ではあそこだけだ。何とかしてやる。真上へ飛ぶぞ、手綱を離すなよ』
「了解。背中の上で私を降ろせ。チャンスは一度だ」
『心配すんな。絶対に生かして帰してやる』
「お互いにな」
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