第9話 雷鳴は轟く

8/13

22人が本棚に入れています
本棚に追加
/138ページ
 森の木霊のような、高く、低い、様々な音が、王の耳の奥で鳴り響き、集中力をじわりと蝕んでいく。 (………魔法的干渉をされている)  この森は自分を拒んでいる。ドラゴンを、というよりは、この帝国の王たる自分を、銀を纏いあらゆるものを操る魔術を決して赦さない、怒りによく似たそんな感覚が微かに肌を粟立たせる。  街道の外れの一カ所開けた場所に、庭と館が建っているのがドラゴンの目を介して見える。大鷲がそちらに方向を向けた。 (開けた場所に出るつもりか。こちらとて好都合。この森は予には合わぬ………)  部屋の鏡を見つめると、銀色のはずの自分の目が紅く爛々と光っている。獣の目そのものだ。 (………たかが蠅に時間を食われてはならぬ。だが、この緑の森はどうも、城より先に滅ぼすに値する場所だ)  再び空が紅く染まり、雷鳴が轟く。風が巻き起こり、大量の雹や霰が吹き荒れた。 『あのド畜生。ここにきて本気を出しやがった!!』  大鷲が思わずその姿に相応しくない罵声を吐き捨て、森の方へ身体を翻す。 『ゴードン、大丈夫か』  礫ほどの大きさの雹が容赦なく降り注ぐ。カーテンのタッセルを握り、ミーンフィールド卿が返事を返す。 「………森の仕組みに気付いたらしい。ここは我が母の森。亡き父の名にかけて、銀で操られた者が踏みいることを赦さない、そういう場所だ。森を滅ぼしに来たか」  降り注ぐ雹を避けて森を低空飛行し、ファルコが大きな嘴を悔しげにがちりと噛み合わせて言う。 『このままじゃまずい』  木々の細い枝が折れて飛び交い、太い幹にも氷の礫が無数に刺さる。雷鳴が轟き、上空からは雷が幾重にも落ちてくる。真後ろの木が真っ二つに避けて倒れてくるのを躱し、無数に翼を打つ拳大の雹を打ち払う。 『一度落ちたら………再度飛び上がろうとしてる間に間違いなくあの雷で黒焦げだ』 「………だろうな」  ファルコの大きな翼のあちらこちらに血が滲んでいる。翼や尾羽が何枚か抜け落ち、霰と雹の嵐に吸い込まれるように後ろに飛んでいく。自分の頬や腕にも大粒の雹が霞め、血飛沫で視界が滲む。 「……帝国はどうも私の顔に傷を増やすのが好きらしい」 『馬鹿野郎!また増えたのか!?』 「もう少し威厳が欲しいと思っていたところだ、気にするな」 『それ以上強面になったら騎士どころか山賊顔だぞ』 「それは少々困る。公の場に私が出れば女王陛下に下心満載の有象無象の貴公子共が近寄ってこなくなるな。つまりお前にとっては朗報だ。しっかり飛んでくれ。私のことは気にするな」 『………お前ってやつは!あとできちんと治療しろよ!お前に何かあったらロッテに何て言やいいんだ。考えたくもねえこと考えてる暇はねえんだよ!!』  目前に落ちてくる雷をぎりぎりで躱す。 「……もう一手あればな」 『全くだ。畜生、ここから出られやしねえ……』 「冷静でいろ。それだけでいい」  頬の血を革の手袋で拭い、ミーンフィールド卿が目を細める。ファルコがドラゴンに視線を投げて呟く。 『……そうだったな。『肉体の変容は、魂まで変容させることがある』……あちらさんは圧倒的だが、どうも、ドラゴンに引きずられ気味だ。それでもまだ、人間の理性を残してやがる。誰が操ってるんだか知らねえが、普通の魔法使いじゃあねえな………」  ミーンフィールド卿が静かに言う。 「………知らない方が、気楽にやりあえることもある」 『はは、違えねえな。俺達ゃ相手が誰だろうが、売られた喧嘩は熨斗つけて倍額帰す主義だ。それだけでいい』
/138ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加