第9話 雷鳴は轟く

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 鉄梃をドラゴンの首元の銀の鱗の隙間に差し込み、力を込める。破裂音の様な音と共に、鱗が一枚吹き飛んでいく。 (やはり、そうか)  銀の鱗の下が、虹色に光っている。この忌まわしい銀色に輝くドラゴンの中に閉ざされている存在こそが、本来の、入江姫の言っていた『龍』なのだろう。  本来ならば穏やかで幸せな場所で生まれるべきはずだった存在。  たった一人で家の玄関の柳の下、顔も見たことがない父というものが一体どういう存在だったのかぼんやりと考えていた、そんな少年時代の思い出がふと頭を過る。  アンジェリカとオルフェーヴル、城にいる二人はこのまま、幸せな夫婦になるだろう。そうでなければならない。家訓に反してまで妊婦に負荷をかけさせてしまったことを心底詫びながら、血塗れの手袋を投げ捨てると、今度は鉄梃を、ドラゴンに何重も巻き付いている首元の下に力の限り、捻じ込むように差し込んでいく。 「………荒療治になってしまうな。龍よ、許せ」  銀色のドラゴンが長い鎌首をもたげようとするが、首の鎖に挟んだ職人用の頑丈な鉄梃がそれを妨げる。 「帝国の王よ」  これほどの巨大な銀の鎖を使ってドラゴンを使役しているのが誰なのか、まさか背中の騎士に知られているとは思ってはいなかったのだろう。紅い目の奥の銀の光が一瞬驚愕に揺れる。その銀の光を見据えて、花の剣を腰から抜く。 「………我が名はゴードン・カントス・ミーンフィールド。我が森での『歓待』、楽しんで頂き光栄だ」  一枚剥がした鱗の痕に、力いっぱい細身の剣を突き刺した。凄まじい、これまでに誰もが聞いたことがないような、空を裂くような咆吼が響いて、空が憎しみを帯びた血のような色に染まる。 「総員、退避せよ!!!」  力の限り叫び、ミーンフィールド卿がドラゴンの背中からまろび落ちるように飛び降りた。猛禽達が矢のように森の中へと飛び込んでいき、大鷲がドラゴンの背から爪を話して翼をすぼめて急降下し、空中で騎士の腕を掴む。   前も見えない様な雹と霰の嵐が巻き起こり、一人と一羽を激しく巻き込んだ。腕や顔に巨大な雹が激突し、落雷で割れた木に磔刑のように激しく叩きつけられる。腕と背中に凄まじい衝撃が走り、吹き飛びかける意識の中で、それでもミーンフィールド卿は自分を庇い翼を広げて雹や霰から庇おうとする大鷲に、そっと告げる。 「………ファルコ・ミラー、女王陛下の大鷲よ。永遠に甘く美しい蜜はもう掬えたか?………そうだ、元に戻る時間だ」  途端に、光が弾けるように大鷲の姿が消えていき、ファルコが元の姿へと戻っていく。緩やかに気を失って地面へ落ちていく魔法使いを、微かに光る森の木々の枝達が伸びあがり、包み込むように降ろしていく。  空が夕焼けよりも紅く、血そのもののような真っ赤な色に染まり、雷鳴が鳴り響く。ドラゴンが、ドラゴンの向こう側の銀の瞳が、空から自分を睨めつけ、肌を刺すように静電気が走る。口の中に溜まった血液を吐き出し、 「………『歓待』は終わりだ。銀の玉座で、休まれるがよい」  顔の半分から大量に血を流しながら、ミーンフィールド卿が静かに告げたその途端、ドラゴンの背中に刺した剣と、首元に巻き付けた鉄梃へ、ドラゴンが自ら森へと落とそうとしたはずの全ての雷が、一気に吸い込まれるように落ちていった。
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