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第10話 帰還
花火のように巨大な火花が飛び、焦げ付くような匂いと共に、銀の鎖が粉々になって弾け飛び、雨のように一帯に降り注ぐ。
割れるような金属音と共に、身体の細くまだ幼い孔雀色の鱗の龍が、落雷で首元から真っ二つに裂けて全身が砕けてゆく銀のドラゴンの首元から、鳥が孵化するように現れる。そして、空中でゆらゆらと孔雀色に輝きながら、ミーンフィールド卿の館の庭に降り立った。
地上のアルティス軍達が目を見張り、目を開けたファルコが大きく息を吐く。
木の上のミーンフィールド卿が、ファルコの鳥達に助けられながらゆっくりと降りてくる。
「ひでえ面だな」
「全くだ。……そっちはどうだ」
「大鷲に変身してなかったら……とっくに死んでただろうな。背中にまだ……いくつか雹が食い込んでやがる。それより………頭が割れそうだ。魔法の使い過ぎだ。ひどい安酒を樽5杯分飲まされた翌日みたいな気分だ」
「あちらは樽5杯じゃ済まなかろう」
二人が、庭に咲いている花を興味津々の瞳で鼻先でつついている龍に視線を投げる。
「……とりあえず、当面の危機は去ったな」
「ああ」
全身あちこちから血を流し、雷鳴が掠ったのか片腕が焼けている。
「目と腕と脚と……肋骨をやられたな。息を吐くと痛む。首と背中が折れずに済んでいるだけ……まあマシだが、さすがにこれは重傷だな」
「………お前、本当によく生きてたな」
「約束通り……後で一番いい葡萄酒を出してやろう。だが……」
二人とも、立ち上がる力もない程疲弊している。そこに、声がした。
「………もしや、ファルコ殿とゴードン殿では」
アルティス軍を率いていた青年である。
「オルフェーヴルの手紙によく綴られていました。カールベルクには少々規格外だが頼もしい魔法使いと騎士がいる、と。私の名はヘクターと申します。アルティスのカンタブリア領から参った次第」
「ご助力、感謝する。やはりオルフェーヴルの兄君でしたか。見苦しい姿で失礼」
「あいつ一体、俺らのことを何て書いたんだ……」
夕焼け空の後の深く青い空を見上げて、ファルコが言う。
「……伝言を飛ばしたいところだが、日が暮れると鳥は飛ばせねえんだよなあ」
「女王陛下はカールベルク城に?」
「ああ」
「我々でよければお運びします。大砲台ですが」
「お言葉に……甘えさせて貰うぜ。俺はなんとか生きてるが、この相棒の方が傷が重い」
「地上から見ていました。あのような無謀をなさるとは。………ところで、どうやって、どんな武器であの銀の鎖を解いたのです」
「……こんな日も来ようかと、銀の鎖を断ち切れる金切鋏を発注していましたが、先程の地震で間に合わず……ちょうど、知己に家具職人の未亡人がいましてな。鉄梃を借りたのです。雷を落とそうとすれば、必ず、鉄に落ちる」
「鉄梃ですと!?……成程、あなた方が『規格外』なわけです」
アルティスの兵士達が大砲台から大砲を下ろし、代わりに二人を運び込む。すると、庭から孔雀色の小さな龍がぱたぱたと音を立てて飛びあがり、そんな二人を載せた大砲台に潜り込もうとする。ぎょっとする一同を前に、
「なんだお前、妙に人懐っこいな。まてよ、これはあれか、刷り込みか………」
「ああ、あの、雛がはじめて見た者を……親だと思い込む現象か。……つまり、生まれたての子どもを庭に置き去りにしても、良いことはなかろう。……城に連れて行くしかないな」
「俺とお前どっちが親父なんだ。鳥さえ喰わなきゃなんとかなるが」
「旨い果実なら……森にいくらでもあるがね。もっともこの騒ぎで手入れが必要だが……」
龍がミーンフィールド卿の方を見て、全身傷だらけの男の隣で丸くなる。
「……帰ったら入江姫に会わせてやろう。きっとさぞ喜ぶことだろう」
「………このちいさな生き物が城を木っ端微塵にしたとは思えませんが」
「帝国の魔法使いか誰かの仕業だろう。どうも只者じゃなかったが………」
ミーンフィールド卿が言うまいか言わないか考えた後、まだ開くことの出来ていた方の片目を閉じる。
「とにもかくにも……これで城は無事だ。アンジェリカを見舞ってやりたいが、無理そうだ。ファルコ、少し私は眠る。城に着いたら……起こしてくれ」
「そのままお陀仏するなよ」
「了解」
息を吸うと痛む胸で溜息のように息を吐き、もぞもぞとやってきた龍を一つ撫でてやってから、ミーンフィールド卿は目を閉じた。
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