第10話 帰還

3/7

22人が本棚に入れています
本棚に追加
/138ページ
 長い間、来るはずもない、会えるはずもない誰かをずっと待っていた。それが何故なのかは、自分でもわからない。  気が付くと、いつの間にかぼんやりと柳の木の下で立っていた。そこに、聞いたことのない、だが、何となく知っているような声がする。 「お疲れさま」  顔を上げると、年若い、やや厳ついが妙におおらかな雰囲気の騎士が佇んでいる。 「あなたは」  気が付くと懐かしい城下町の玄関に立っていた。柳の木が揺れて静かに葉音を奏でる。 「剣を、取ってきてくれるかな。花の形をしていて、妻がたっぷり魔法を込めてくれた逸品だ」  そうだ、父親の形見だ。いつも母の部屋の窓辺に飾ってある、美しい一振り。玄関の隣の窓に映る自分は、どういうわけか、まだ幼い姿をしていた。 「あれは………ごめんなさい、なくしてしまった……」  朧気に、色んな記憶がゆるやかに流れ込んでくる。銀のドラゴンの背中に剣を刺したこと。落雷でおそらく跡形もなくなってしまった、花の剣。  顔を上げると、いつの間にか今度は自分が目の前の騎士よりも少し背が高くなっていた。両脇に橘の木が薫る、森の館の玄関の前である。自分に面差しの似た、自分よりも若い騎士がのんびりと微笑う。 「いいんだよ。はじめて息子の役に立てた」 「………あなたは」  それには答えずに人差し指を口元に当ててから、騎士がゆったりと微笑む。 「ゴードン・カントス・ミーンフィールド卿。びっくりするほど大きくなった、僕らの自慢の子、最高の騎士。握手しても?」  思わず無言で頷く。自分よりもずっと年若い騎士が、うれしそうに自分の手を取って、握りしめ、何度も何度も感触を確かめる。 「手も僕より大きくなった。けれど、何故かな。土と、緑と、優しい小鳥の香りがするよ。………さあ、起きて。皆が待ってる。僕は、妻が、そう、母さんが待ってるから行かないと。遠いいつか、また会おう。君にはずっと、ずっと前から会いたかった。会えて良かった。今はまだ、さよならだけれど。……だから、まだ見ていないものを、たくさん見ておいで」  遠くから赤子が泣く声が微かに響く。そして、自分のよく知る羽の音。もう朝が来たのか。開けた窓からいつもの白い羽根が指先に舞い降りてくる頃合だ。  思わず何時ものように人差し指を動かした瞬間に、世界が白く眩く輝き出した。
/138ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加