22人が本棚に入れています
本棚に追加
御簾越しにしか会ったことがない姫君。島の外の話をよく所望し、その代わりに島に伝わる様々な物語を聞かせてくれる、凛とした声と美しい香りの聡明な姫君の名は『入江姫』といった。
その姫君こそが、この島で採れるどんなものよりも美しい、ということを、彼はよく知っていた。そして、美しい略奪品がこういう場面においてどう扱われるかということも。祈る様な気持ちで、ベルモンテは部屋へと飛び込んだ。
一人の女が、長い裾の衣を複数の男達に掴まれ、既に肩が顕になっている。長く艷やかな髪、助けを求めるように虚空を掴む白く細い指。美しい調度品が部屋中に散乱し、御簾も打ち捨てられている。心臓が掴み上げられる様な感覚と共に、全身から怒りが噴出しかけるが、辛うじて奇跡的に保った一欠片の理性がそれに取って代わる。喉から咄嗟に声が出た。
「その姫君は我らが王への献上品である!」
今まさに姫達に襲いかかろうとしていた男たちが凍りついたように動きを止めて、振り返る。
東の国の帝王。彼らの頂く唯一の頭領であり、彼らがこの世で唯一恐れる者。流浪の吟遊詩人である自分もまた、東の国の市場などへ行けば必ず、この王を讃える歌などを所望される、それほどに強く名高い君主である。一か八かの覚悟を決めるよりも先に、丸で歌を歌うように言葉が湧き出てくる。
最初のコメントを投稿しよう!