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髪を下ろしていつもの装束に戻った入江姫とベルモンテがやってくる。
「此度のこと、我が島の宝を取り返してくれて感謝している。それと、第一席とのこと、つまり、これからは橘大将と呼ばねばならぬのう」
「うっかり眠りすぎたらしく、起きたら決まっていてな」
ベッドの下から顔を出した小さな龍が、入江姫を見つめて不思議そうな顔をする。
「きっと同じ故郷の香りがするのだろう。いつか、この小さな龍を、貴殿の島に返してやってほしい」
「相分かった」
入江姫が抱えているのは『国家算術の心得』と数々の医学書である。
「春になったら、海を渡ろうと思う。冬の間に、覚えておきたいことがある故に。………この国の、この城の皆は我に、様々なことを教えてくれた。故に、我は、胸を張って帰ることが出来る」
ベルモンテの手にしている琴に興味津々なのか、龍が細く長い胴体の小さな手を彼の脚に乗せて、小さな子が大人にせがむように琴をつついている。そんな龍の頭を優しく撫でて、ベルモンテが陽気に笑う。
「島の民謡とかがいいかな。島に着くまでにいっぱい教えてあげるよ」
琴からゆっくりと、異国の素朴なメロディが流れる。思わずミーンフィールド卿が息を吐く。
第一席。騎士団長。ドラゴンを倒した騎士。これからの自分は、色んな名で呼ばれることになるのだろう。小さな森の館に帰り、変わらぬ生活をまた続けていくものだとばかり思っていたが、どうやらそれはまた何十年も後の話になるらしい。
「………橘大将。我がいつか島を再興したら、皆で、遊びに来てくりゃれ」
「もちろん」
「あの森の館での歓待の晩、我は生涯忘れない。おぬしが中将であろうが、大将であろうが、我にとってはおぬしは少しばかり不可思議で、誰よりも客人の持て成しの上手い、思慮ある男よ」
入江姫が龍を優しく撫でる。民謡の美しい音色とと優しく撫でられるのが心地良いのか、龍がすっかり猫のように丸くなって眠そうな声を上げている。
午後のひとときが柔らかく過ぎていく。
「………その館も、引き払わねばならないが、幸いにもここには、中庭がある」
「城で暮らすことになるのかい?」
「ああ。第一席とはそういうものだからな。……私は城暮らしには向かないと思っていたが、日々の愉しみとは、自分で見つけるものだ」
「ロッテ君が喜ぶよ」
ミーンフィールド卿が微笑む。
「ああ、そうだな。……よもや我がレディと一つ屋根の下で暮らすことになろうとは。やはり中庭にはもっと手を入れねばならぬ。愛を囁くには、この城は少々賑やかすぎるゆえに」
相変わらずどこまで本気なのかわからない口ぶりの中に、本人も気付いているのか定かではない、少しばかり熱い本物の何かが以前よりも多く織り混ざっている。ふとそんな気がして、ベルモンテが愉しげに微笑む。
「そろそろ、恋の歌の楽譜が足りなくなるね」
「光栄なことだ。……入江姫、ベルモンテ、城下町の入口に古書店がある。第99席ラムダ卿の店だ。もしも島に入り用な本などがあれば、何処からともなく出してくれる。事情を話して見ると良い」
「それはありがたい話じゃ。先の中庭での働きに、女王陛下から禄を賜った。どう使うべきか考えておったところよ」
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