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「故に傷ひとつつけてはならぬ。皆の者控えよ、王への供物を掠奪しようとは不敬であるぞ!」
流浪の旅の最中に見聞きした東の民達の使う言葉や抑揚、言い回しをそっくり真似ながら、ベルモンテは、手足の震えを堪え、朗々と声を張り上げる。
「それがしは王より伝令を仰せつかった者。さあ、姫よこちらへ。けして手荒な真似はせぬゆえ」
入江姫が目を見開く。御簾越しでしか語り合ったことのない姫君。互いの顔をこうも間近で見るのは、これがはじめてのはずである。それでも、自分が毎日愉しく語り合っていた詩人であることにこの姫は気付くだろうか。
着衣を乱されてなお気丈にこちらを睨みつけているが、長い髪と、肩が微かに震えている。静かになった部屋で、ベルモンテは堂々と、賓客を前にする使者のように、胸に手を当てながら跪いた。そして、声のトーンを落とし、静かに告げる。
「………聞くところによると、この島にはかつて、紅葉の浮かぶ川くぐり、紫の花咲く東の地へ向かった男がいるという」
それは、とある男が鬼に捕まった姫君を助け出して海の彼方へ逃げていったという、この島に伝わる恋物語だった。それを遥か異国の吟遊詩人である自分に教えてくれたのは他ならぬこの姫である。入江姫の肩の震えが、ひた、と止まる。
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