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話の終わりを告げるように人さし指で一音だけ爪弾いた琴の音色が、静かに部屋に響く。
「東の帝国か」
「突然のことで、何も出来なかった」
「そうだろう」
二人のコップに、静かにワインを注ぐ。
「昔、一度だけ相まみえたことがある。小さな国なら、戦う間も、守る間も与えられなかったことだろう」
入江姫が、コップの中の慣れない香りに目を瞬かせる。
「これは」
「お酒だよ。葡萄で出来ているんだ」
「島では酒を米や芋から作っていたな。これが葡萄とは、不思議なものよ。血のようじゃ」
ゆっくりと口をつけて、ぽつりという。
「ベルモンテ、おぬしがおらねば、どうなっていたかもわからぬ。我は館から出ることも滅多になかった。島の女とは、そういうものゆえ」
自分を心配そうに見上げるロッテを撫でる。
「しかし、ここの食事は美味い。生き返る気持ちじゃ。魂を、繋ぎ止めておいてよかった」
『魂を、繋ぎ止める?』
入江姫が微笑み、小さな小鳥にだけ囁く。
「我の知っていた全てが、海より遠い地へ去ってしまった。この男以外は、全て。………けれど、この音色を聴くと、我は生きていたくなる。琴がなければ、我もまた、後を追おうかなどと考えていたろうよ」
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