第1話 梔子と橘の話

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「………入江姫、貴殿はその名の通り、美しい港に相応しい佳い船を持たれた。この先、その心にはたくさんの美しいものが運ばれてくることだろう。私達はこの森で、美しい港が潤う日を心待ちにしていよう。貴殿らの友として」  雨の上がった後の湿った土の香と、森中の緑が潤い喜びにさざめく感覚が、朝の光と相まって何とも心地よい。小さな緑色の硝子玉を手にした指の上に、ロッテが羽を下ろす。気心の知れたこの小さな『姫君』の羽根を、もう片手で静かに撫でながら、二人を乗せた馬車が見えなくなるまでミーンフィールド卿は静かに見送り続けた。 『というわけなの。詳しくはご主人様宛のこっちのお手紙にあるから諸々よろしく頼んだわ』  遠い国から吟遊詩人を連れてやってきた高貴な身分の姫君が、女王陛下への謁見を申し込んだという。森から一通の手紙を携えて戻ってきた『部下』からの詳しい話を聞き終えて、 「ゴードンのやつ、泣く子も逃げるおっかねえツラのくせして、長年こじらせた筋金入りのお人好しはちっとも治ってねえらしい……」  歳の頃は30半ば。壮年に差し掛かる前くらいの年齢の男が、長い銀髪を後ろ手に無造作に束ねながら、机の上に置かれた自分宛の手紙に視線を投げる。 「まあ、吟遊詩人達だが、あいつの紹介状ならなんとかなるだろ。それで、どうせ住む場所を適当に手配しろとかいう話だろ?ま、うまいことやってやらあ。常勤の楽師がいりゃあこの城にも箔がつくしな」     
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