第2話 針の騎士は花を描く

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(それでも、僕は……)  父と祖父に連れられて2年前に出席した戴冠式で、若き女王陛下の美しい刺繍で彩られたドレスを偶然間近で見て以来、彼は針と糸が織りなす繊細で美しい世界に、すっかり心を奪われてしまったのである。  祖母の使っていた裁縫箱を見つけ出し、病気がちで不在な母親のクローゼットに忍び込んで、奥の方から古びたハンカチ、リボンを引っ張り出す。父や祖父の目を盗んでこっそり出かけた骨董市で買った古い教本や、糸、サンプラーと呼ばれる古の貴婦人達の手遊びや見本が糸で織り込まれた教習布を片手に、見様見真似で布に針を刺していく。そんな秘密めいた手仕事。  小さな十字を組み合わせた幾何学文様からはじまった手元の世界。今では簡単なイニシャルや花も縫い込めるようになった。  それなのに、また剣の世界に逆戻りである。やはり、騎士の家に生まれた自分に、刺繍の道は開かれてはいなかったのだろうか。 「貴殿が、ティーゼルノット卿のご令孫であろうか」     
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