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「ま、約束通り『顔だけは』厳しい『世俗を離れた』やつのところに送ったわけで、これで息子の顔も立つわけだ」
「この面構えが役に立つとは」
「……わしの跡継ぎになれなかったことを、息子は負い目に思っているようでなあ。馬車の事故で、脚を失った。ちょうど叙任式の目前だったかな。喪った夢を息子に託して立ち治ったゆえに、勝手に夢を託されたテオは苦労も多かったろう。わしからは、何も言えなかったがな……」
ティーゼルノット卿の息子、テオドールの父親でもあるクロード氏は、今は街で医師を勤めているらしい。荒れた時期もあったのだろう。想像するのは難くない。
顔に大きな傷跡がある騎士が微笑む。
「針と糸で縫い合わせるのは傷口以外のものがよいかと」
「そうじゃな」
「先日、異国の貴人と吟遊詩人をこの館で歓待しましたが、かの姫君の羽織る上着には大層美しい刺繍が施されておりましてな。いつか見せてやらねば、と思っております」
ティーゼルノット卿が片目をつぶる。
「うむ。騎士たるもの美しい姫君のひとりやふたりと『お見知りおき』になっておいてこそじゃな。吟遊詩人もな。いつか可愛い孫がたてる勲を、百年先に伝わる歌にして貰わねば」
「……気になることも多いゆえ、久しぶりに城に顔を出そうかと」
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