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そして、溜息をつく。
「……しかし、まさか刺繍に魅せられるとは思わなんだ。わしも驚いたが、それが一時の幼い熱情か、生涯持ち続ける特技になるかは、それこそ、育てるおぬし次第よ」
ミーンフィールド卿が少し目を細め、答える。
「……針を踊らせるように、剣を踊らせることが出来たら、きっと佳い騎士になりましょう。館の花々は、彼の花の刺繍を大いに褒め称えておりましたゆえ、私が教えることはひとつでいい」
そして、息を吐く。
「……けれど、佳い生き方を若者に語れるような生き方をしてきたか、とうとう世に問われるようになってしまいました。花や樹々以外のものを育てた事がないのに、私が指名されるとは」
老騎士が馬の上で笑う。
「誰がカールベルク第5席を森で楽隠居させると思ったか。世俗を離れたように見えても実際ちっともそうでないことくらいこのわしにはお見通しじゃ。おぬしにはまだキリキリ働いて貰わねばならん、この唐変木め」
そして珍しく、穏やかに微笑んだ。
「……花や木々がおぬしに優しく語りかけるように、おぬしもまた、誰かに語りかける番になるのだろう。先代陛下はよく仰っていた。『それもまた世の定め』だと」
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