第3話 登城の日(1)駒鳥とテーブルクロス

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第3話 登城の日(1)駒鳥とテーブルクロス

「橘中将がここに?」  城の一室で、ロッテが答える。 『たまにはお城でお仕事しなきゃって。ご主人様のお部屋ももうすぐ片付いた頃合いだし……』 「ミーンフィールド卿はここには部屋を持っていないのかい?」 『森にいる時間の方が長いからって』 「ファルコ君の部屋に居候するわけだね」  ファルコとはすっかり顔馴染みになった吟遊詩人の青年ベルモンテが笑う。 『ご主人様のお部屋って実はお城でも広い方なのよ。半分は鳥小屋になってるけれど。それで二人とも、困ってることはない?ゴードンさんに相談しておくけど……』 「侍女をひとりつけていいって陛下は仰ってたけど……」  見ると部屋の調度品が、出来るだけ在りし日の島の暮らしに近づけるべく独特の配置になっている。部屋の奥のカーテン奥に佇む入江姫が言った。 「我はひとりで出来ることが少ない。ベルモンテには苦労をかけてばかりじゃ」 『海鳥達もそろそろ戻ってくる頃合いよ。島の様子も聞けるわ』 「知古の者が誰ぞ生きておれば良いが、文を書かねば」 「御簾も文机も再現できなかったんだ」  御簾の代わりに薄い生地のカーテンが掛けられている。床に座って生活する姫君のために何枚も敷かれている敷物の隣に、ベルモンテの椅子と机、そして竪琴がある。 『侍女よりなんかこう、お部屋を作ってくれる人がいるといいわよね……』 「本当に」 『ご主人様とゴードンさんに相談してきましょ。じゃあ私そろそろお迎えに行かなきゃ。それと入江姫、ここの冬は南の島よりちょっと寒いと思うから、お風邪とかには気をつけてちょうだいね。美味しい蜂蜜も森から持ってくるわ!』  白い小鳥が窓辺から飛び去っていく。 「城の厨房の皆はミーンフィールド卿が来るのを首を長くして待っているらしいよ」 「あの館の料理は誠に美味であった」  吟遊詩人と異国の姫君が顔を見合わせて笑う。島が帝国の侵略に遭い、たった二人で命からがらかの森に辿り着き、この城に落ち着いてから、数か月が過ぎていた。入江姫も笑顔を見せることが増えている。先のことはまだわからないが、島に戻るのはまだ遠い先の話、長居をするなら冬にも備えねばならない。 (その後は……)  その時自分はどうするべきなのか。  夜の帳が降りても、未だその帳の向こうで、いつも間近で見ている美しい髪や肌を味わったことはない。決して花を手折らないのは、美しい者を心から愛する詩人の矜持であり、もはや男の意地でもあった。まるで吟遊詩人とは思えないな、と自嘲する。  それを理解しているのか、入江姫もその理由を深くは問うては来ないが、今まではあまり語らなかった島での懐かしい日々を語ったり、ベルモンテが見てきた世界に散らばる様々な国の様々な習俗を問いかけたりなどという、穏やかで愉しい夜が増えた。  物言わぬ魂だけが、日々静かに、だが確かに結びついていく。  しかし今は自分の隣、隔てる御簾もない部屋に共に暮らしている彼女を、いつかは無事に島まで送り届ける義務が自分にはある。  かの島はどのくらい復興しているだろうか。『鳥の魔法使い』ファルコが派遣した海鳥達が戻ってきたら話を聞きにいかねばならない。 (いつになるのか、わからないけれど)  それまでは、この穏やかな日々を、更に良きものにすることを楽しむことにしよう。  ベルモンテはロッテが飛んでいった後の朝の穏やかな光が差し込む窓から外を見つめ、竪琴の弦を一本、静かに爪弾いた。
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