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「………それなら僕に心当たりがあります」
城へ出立する朝、馬の背中の荷物に採れたての野菜と蜂蜜瓶を詰め込んでいたミーンフィールド卿が振り返る。
「僕の実家の近所に、2年前に旦那さんを亡くされた、大工の若奥さんがいて……僕の家は母さんが家に居ないことが多いから、時々面倒を見て貰ってたこともあります。……小さい頃からお店で図面を引いたり木を切ったりを手伝ってるのを見てたから……奥様なら大体のものなら作れると思います」
テオドールが言う。赤栗色のくしゃくしゃの髪に指を突っ込むのは何かを考える時の癖なのだろう。
「ご実家の近所か」
「昼なので父も祖父も不在ですが」
「ご母堂は」
「郊外で療養しているので……」
『おじいさまなら登城すればいらっしゃるわ。ご家族に、挨拶しに行く?』
テオドールがちょっと悩んだ後、言った。
「まだ試合もしてないです。せめてもっと、しっかりしてるところを見せないと……。だから父さんや母さんに会うのは……もう少し後でいいと思います」
館にやってきた日よりも少しばかり背が伸びた。男児というのは植物よりもずっと成長が速いらしい。
「本屋にも、布屋にも、お城の鍛冶屋にも行きたいし……」
刺繍道具や教本の充実はもちろんのこと、自分用の細くて長い剣を発注するのも楽しみにしているらしい。少年らしいきらきらとした瞳が、森の木漏れ日を受けて宝石のように輝く。
(良い『針』になれば良いが)
とりあえずその若奥様とやらに会いに行かねばならないが、事情を説明するにはベルモンテがいたほうが話が早いだろう、などと考えながら、ミーンフィールド卿は言う。
「城下町の本屋には私も寄ろう。第92席のラムダ卿がいる。少々、調べたいことがあった」
「調べたいこと?」
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