第3話 登城の日(1)駒鳥とテーブルクロス

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 城下町の入口に古書店が建っている。馬を止めて降りると、 「荷物を見ていてくれるか」 「はい」  テオドールが手綱を預かってくれる。入口脇まで本が積み上がった店のドアを、ミーンフィールド卿は静かに開ける。すると、 「卿が本屋に来るなんて珍しいな!」 「久しいなラムダ卿。揃えて欲しいものがあってな」 「よしきた経費は全部ファルコの野郎に押しつけておいていいか?」 「結構」  年の頃は30代ほどの、黒髪に丸眼鏡が特徴的であり、それでいて騎士の証でもある鞘に紋章の入った剣を腰に佩いた中肉中背の男が入口までやってくる。 「昔近所に住んでた男でな。まさか騎士になるとは思わなかったが」 「カールベルクの騎士様達御用達の店になりゃ安泰だもんな。あの時は練習に付き合ってくれてありがとうよ。ギリギリ92席だがおかげさまで最高の宣伝になった。で、そこのちっこいのは?」 「私の近習だ。店の中で見たいものがある」  荷物を見ている為に、外で馬を2頭預かる少年を見てラムダが言った。 「珍しいな。何故か絶対に近習だのを館に入れないって言われまくってたのになあ」 「ご婦人方の使う刺繍のサンプラーがあれば『こっそり』譲ってやってほしい。才があるが訳ありでな」 「そういう才があるならもっとモテモテの騎士のところに行った方が実入りが良かっただろうに。で、卿の探す本は」 「帝国について知りたい。砂漠周辺までは行ったことがあるが、それももう20年以上昔の話だ。海の向こうの東の島についても何か良い本があれば。こちらは急ぎで。地図も海図も手に入れにくいが、出来ればそういったものも頼みたい」  そちらの方が大事な用件、と認識したラムダ卿が丸眼鏡の奥の目を細める。 「了解。組合の市が明後日あるから見てきておく。経費はファルコ持ちで領収書を切っておくから鳥達を寄越して欲しい。で、店の中にはあったっけな。旅行記くらいなら……」 「それでも構わない。明日また寄るからそれまでに」 「了解」  本のインクの香りが快い。以前自分が手伝って『カールベルクの騎士』という肩書きを与えてやった古書店の店主が、張り切って鼻歌交じりに店の奥に引っ込んでいくのと引き換えに、外に出る。不思議そうに店主が下げている騎士の剣を眺めているテオドールに、ミーンフィールド卿は言った。 「……昔、どうしても騎士になりたい、といいだした古書店の店主がいてな。本人は、運動なんかとは無縁の男だったが」 「もしかして」 「ありとあらゆる騎士に門前払いされて、私のところにきたわけだ。私とファルコで猛特訓した結果、92席入りし、紋章入りの佩刀を許される身になった。廃業寸前だった小さな古書店も、今やこうして騎士達が使う立派な店だ。相変わらず品数も多い」  古書店の看板に堂々と『カールベルク騎士団御用達』と描かれている。 「騎士の才にはやや欠けるが、本なら何でも揃えてくれる。この店がいつか役立つ日が来るかもしれない。明日朝にまた寄るからそのつもりで。……さて、じゃあその大工の若奥様とやらの場所に行くか。案内を頼もう」  師匠と師匠の友人である魔法使いの猛特訓とはいかなるものだったのか。この師匠の日頃の鍛錬も厳しいが、おそらくそれよりももっと厳しい何かがあったのだろう。テオドールの喉がひゅっと音を立てそうになる。  深く考えるのを後回しにして、テオドールは卿に手綱を渡し直して、自分もまた馬に乗る。普通の近習は騎士の手綱を引く係だが、城下にやってくるには馬に乗った方が速い、馬術の鍛錬にもなる、とあっさりミーンフィールド卿は許してくれた。  愛馬に乗って街に戻るのは久し振りだ。親に追い出されるように街を出たときとは正反対の、愉しい気分である。実家の館のすぐ隣にあった職人街なら何度もこっそり出入りしていたので勝手知ったる庭のような場所である。 「はい。かしこまりましたお師匠様!」  そして馬にまたがって気付く。目線が高くなったのか、石畳までの距離が異なっている。そして、街がより遠くまで見通せるようになっていた。思いも寄らない高さで受ける町の風が、染み入るように心地良い。 (………ああそっか。僕の身長が伸びたんだ)  肩の上にロッテがやってくる。 『どうしたの?すごく嬉しそうな顔だけど』 「うん。僕、ちょっとだけ背が伸びたみたいだ」  一緒に喋っているとどことなく『姉』を感じさせる白い小鳥のロッテが、楽しげに微笑む。そして言った。 『テオドールは食べ盛りですものね。保存用のお肉もいっぱい買って帰りましょ。もちろん、鳥肉以外だけど!』
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