第3話 登城の日(1)駒鳥とテーブルクロス

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 朝の光が眩しい。昔は職人達が忙しく行き来していた中庭で、ひとり静かにシーツを干しながら、ロビン・アーゼンベルガー、大工の親方の未亡人がふと息を吐く。  愛する夫を突然の病で亡くしてから今年で2年になるが、まだ静かな朝には少し慣れない。15歳で当時新進気鋭の家具職人だった夫に見初められてから、色んな工具が奏でる生活音と共に長年生きてきたせいだろう。昔は職人達の部屋のシーツを干すのも自分の役目だったが、今ではそれも、たった1枚になっている。 (たった1枚のシーツを洗って干すのにも、すっかり慣れてしまったよ。お天道様ってのは随分薄情だねえ)  時にはこうして朝の太陽に愚痴りたくもなる。そんな彼女も今や35歳。実家に帰ろうか考えたこともあるが、カールベルクは寡婦への援助も手厚かった。夫を亡くした年に即位した若き女王陛下の恩恵である。職人達は他の工房へと移っていったが、夫が遺していった大工道具を捨てることは、どうしても出来なかった。使う予定もないのに、寝る前には丹念に手入れしてしまう。長年の癖なのか、夫への追憶なのか、自分でもわからない。  愛する夫を勝手に連れていってしまった晴れ渡る太陽に愚痴りながら、朝まで一人で眠るシーツを干していると、聞き覚えのある馬の蹄の音がする。 「お久しぶりです、ロビンさん」  二件隣の館の『坊ちゃん』ことテオドールである。前に見たときよりも随分と大きくなった気がするが、後ろにもう一人、館の当主ティーゼルノット卿ではない大人の、見慣れない騎士が立っている。そう言えばどこぞのおっかない騎士の元に修行に出された、と館のメイド達が噂をしていたが、帰ってくるには早すぎる。 「おや久し振りテオドール坊ちゃん。修行の成果はどう?」 「はい、上々です。今日は、えっと、あなたに相談があって来たんですが……」 「私に?」  そこに、いくつかの紙束を抱えた青年が、白い小鳥を肩に載せてやってきた。 「お久しぶりです、橘中将。ミーンフィールド卿、のほうがいいのかな」 「どちらでも構わない。それで、図面は描けたのかね」 「僕は客人だったし、大体の記憶でしかなかったけど、入江姫のおかげでなんとか形になったよ」  図面、と聞いて思わずエプロンを脱いで中庭の植え込みの合間から外に出ると、そこにはテオドールと、顔に大きな傷と髭のある威圧感たっぷりの騎士、そして異国の竪琴を背負った金髪の吟遊詩人らしき若者が立っていた。
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