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「………それで、南の島の調度品、ねえ」
目の前に広げられた絵図の数々を亡き夫が見たらさぞ喜んだことだろう。夫は家具を作るのが一番好きだった。
「遠い国からやってきたお姫様がお城に住んでいるって話は噂で聞いたけど……ベルモンテ君、だっけ、あんたがそのお姫様の……」
「えっと、そうだね、『保護者』みたいな感じかな」
テオドールが不思議そうな顔をし、ミーンフィールド卿がそれを見て微笑む。見た目の威圧感の割には穏やかに微笑んだこの騎士が、『テオドール坊ちゃん』のお師匠様らしい。
「どうか、ご助力を」
つまり、城に住まうお姫様が暮らしやすいように色々作ってくれる職人が入り用であり、それを知ったテオドール少年が、自分のことを紹介してくれたらしい。確かに自分であれば、むくつけき大柄の男大工の連中を異国から来たお姫様の部屋の中に送り込んで、無闇に驚かすこともないだろう。2年ほどブランクはあるものの、適役と言えば適役である。
「……遠い国から来たお姫様、ねえ。どんな人?やっぱ人を知っておいた方が家具って作りやすいんだ。旦那も言ってたけどさ」
壮年の騎士と青年の吟遊詩人が顔を見合わせる。
「僕に語らせると小一時間リサイタルになるけどいいのかな」
「ならば今から城に来て貰った方が話が早いのではないだろうか」
「入江姫も喜ぶよ。女性の職人さんがいてくれて本当によかった」
「えっ、わ、私がお城に!?今からってそんな、いいの!?服だって普段着だよ」
ミーンフィールド卿が言う。
「問題はありませんな」
ぎょっとして思わずあたふたと顔の前で手を振るロビンに、テオドールが頭を下げる。
「お願いします。あなたしか、思いつかなくて……」
「………坊ちゃんの願いならしょうがないね。じゃあ道具を取ってくるよ。巻尺と他にはえっと……ああ、こいう準備はなんか久し振りでびっくりだよ。例のリストもいるかな……」
「リスト?」
「この街のどこの誰がいい建材扱ってるのか、うちの死んだ旦那が遺していった一覧があってね。珍しい家具を作るならちょうどいいかもね。すぐに取ってくるから待っててくれるかい?」
駆け足で館へ戻っていったロビンを見送りながら、ミーンフィールド卿は静かにテオドールの肩に手を置いて言った。
「礼を言わねば。随分良さそうな人材を紹介してくれた」
テオドールが真っ赤になって答える。
「僕、この家には前からよくお世話になってて……」
世話になっていた頃にはこの家の主人も健在だった。亡きアーゼンベルガー氏に、若き妻同様、陽気な笑顔で工房のあちこちを見せて貰ったことを思い出す。
自分がものを創ることに興味を持った初めての場所は、もしかすると、この工房かもしれない。改めて、中庭からもう一度工房に視線を投げる。あの頃は工具や木材を抱えた職人達があちこち忙しく出入りしていたが、今は足音も工具の音も聞こえてこない。木の香りももっと濃く漂っていたはずだ。まるで、毎日頑張って刺繍していたその糸が全て抜かれてしまった後の、ただただ真っ白になって、針の跡だけが残る白い布のようだ。
奥様は、ここでひとり暮らしていて、寂しくはないのだろうか。そんなお節介なことなど恥ずかしくて聞けないが、初めて目の当たりにする、ただただ静かな工房を見つめ、もう一度少年は呟いた。
「だから、お役に立てるなら……うん、すごく、嬉しいな」
その言葉は誰に向けたものなのか、テオドール本人は理解しているのだろうか。しかしミーンフィールド卿は静かに目を細めてテオドールを見つめ、大きな髭の下の唇に、ほんの僅かに微笑みを浮かべた。
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