第3話 登城の日(1)駒鳥とテーブルクロス

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 家具を採寸しおわったロビンと刺繍をスケッチし終えたテオドールが、少しばかりおっかなびっくり城の廊下を歩く。 「不思議ねえ。こんなことになるなんて」 「ぼ、僕もです。明日は剣の採寸があって、あと、先代陛下のお墓参りがあって……」 「このあとは?私は一旦家に帰って明日までに色々揃えてくる予定だけど」 「お城のお部屋に泊めていただくって」  少し前をミーンフィールド卿がゆったりと、勝手知ったる館のように歩いている。この師匠のかつての相棒、そしてロッテの「ご主人様」である男は、一体どんな人柄なんだろうか。押さえきれない好奇心が頭をもたげる。 「じゃ、多分また明日もお城で会えるってことね。ちょっと安心しちゃったよ。やっぱ持つべきものはご近所さんだね。……しかし、随分背が伸びたねえ。それに、なんだか逞しくなっちゃって。まさか刺繍が好きになるなんて、思ってもいなかったけど」  幼少期からの知り合いであり、母が不在の時は面倒を見てもらっていた身でもある。誇らしいやら気恥ずかしいやらで目が回りそうな顔で、 「ち、父には内緒でお願いします」  テオドールは言葉を返す。 「ふふ、良さそうなお師匠さんに恵まれて良かったじゃないの」 「本当に。でも、ロビンさんは、その、変だって思わないんですか。刺繍の……男の人が、刺繍を好きになるってこと」  すると、あっけらかんとロビンは笑う。 「いつか私の作ったテーブルに、あんたの刺繍したテーブルクロスとかがかかっていたら、それはすごく、素敵なことだと思うんだ。まあ、坊っちゃんもいつかは立派でかっこいい騎士様になるんだから、そうだね、貴婦人のハンカチとか袖とかに綺麗な模様を描くほうが似合うんだろうけどさ」  そんなロビンを見て、思わずテオドールが言う。 「僕、立派な騎士になっても必ず、テーブルクロス、忘れずにお贈りします」  なんでそんなことを言ったのかわからなかったが、一度口から出た言葉を口約束にはしないように、家族からも師からも教わっている。 「必ず」  ロビンが目を丸くする。つい数年前までは工房のあちこちを物珍しそうに見て回っていたあの小さな子が、いつの間にこんなに成長したのだろう。 「楽しみにするよ」  傾いてきた日差しが城の窓から差してくる。前を歩くミーンフィールド卿の足音だけが、少しばかり大きく響く。夕暮れの日差しと共に、先程スケッチしたばかりの南の島の美しい文様の鳥や花たちが語りかけ、いつかは自分が回す日がくる糸車の音がそこに重なって美しく鳴り響く様だ。  まだ見たことのない、自分が刺繍し、彼女が作り上げたテーブルにかけられたクロスがこういう美しい夕暮れの風にはためくさまを想像するだけで、こうも胸が高鳴るのも不思議だった。  この気持ちは一体何なのだろう。  眼の前を歩く師匠に問いかけて見たかったが、きっと大きな髭の下に意味深な笑みを湛えるだけだろう。  そして、城の正面入口前でロビンと別れ、テオドールは呟いた。 「お師匠様。ロビンさんを紹介してくれて、ありがとうございます」 「最初に紹介してくれたのは、君の方だったがね。こちらこそ礼を言わねばならない。さて、ファルコとロッテのところにいくか。あの部屋が片付いていると良いのだがな」
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