第4話 登城の日(2)古本屋と懐かしの中庭

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「男同士の会話………ファルコったら、皆に変なことを吹き込んでなければいいのですけれど」  入江姫の部屋に、お忍びのように朝やってきたのはこの国の女王陛下だった。 「何だか少し、落ち着くのです。床にこうして座っていると」  入江姫が、鈴のように微笑む。 「お転婆な姫君だったと聞いておる」 「ふふ、その通りですよ。ファルコとゴードンが旅から帰ってくるたび、次は一緒に連れてけって駄々をこねていた日々が、懐かしいものです」 「不思議な二人組よのう」 「ええ。今でもちっとも変わらないのは、彼らだけ」  両手一杯に書類や手紙を抱え、侍女もつけずにやってきた女王陛下を見て、入江姫も流石に驚いたが、こっそり休息できる場所が欲しかったらしい。 「それで、いい机は手に入りそうですか?」 「うむ。良き女大工を紹介して貰ってのう」 「私も何か作ってもらいましょうかしら。………そういえばロッテは? きちんと巣箱を降ろして貰った頃だといいのだけれど」 「巣箱を?」 「ミーンフィールド卿、そう、橘中将のお隣に」  二人が微笑みをこぼす。 「………もしもあの子が人間の乙女だったら『女王陛下の特権』だって使ってあげられたことでしょう。けれど、人間の乙女であってもロッテはきっと、『自力で』捕まえることが出来る、そんな気がするのです」 「小さいが本物のレディゆえにな」  自分より歳上だと思っていたが、どうやら年齢の数え方が島とこの国では異なっているらしく、入江姫は本来自分よりも歳下らしい。だが、何となく話していると落ち着くのは何故だろう。 「…………私は『お姫様』のまま、一生を終えるかと思っていました。まだ、慣れないことばかり。でも皆のおかげで、外で何が起こっているかがすぐにわかるのです」 「あの『鳥の魔法使い』か」 「ふふ、彼ったら昔からああなのです。もしも何か無礼なことなど言われたら、すぐに私に言ってくださいな。きつく叱っておきますから。…………けれど、私の国ってそんなに広くないけど、国境を接してる国は多いから、鳥達が友達でいてくれるのは本当にありがたいこと。色んなことが、すぐにわかるから」  両手一杯に抱えている手紙の中には、薄くて細い紙がいくつもあった。鳥達伝手の伝言なのだろう。小さく豊かな国を治める女王陛下。自分と年の頃もそこまで変わらない。 「羨ましいものよ」 「そろそろ海鳥達が帰ってくる頃合いでしょう。どうか、気を落とさないで。何事も、どんなことでも、相談してくださいな。あなたは私の城の大事なレディ、そして、お友達です」  蜜色の美しい瞳。しっかりしているが、「女王」たるべく日々磨き上げているのであろう、美しい所作。こうして床に座っていても、日々のそういった『有り様』が滲み出ている。そういえばあの無頼漢だがお人好しな『鳥の魔法使い』はこの女王陛下に昔から懸想しているらしい。さもありなん、と入江姫は微笑む。きっと如何なる『鳥』も、この美しい瞳の前には無力なのだろう。 「我はいつか、そう、いつかは島に戻る身だが、その時にこそ、そなたから学ぶべきことが多いのであろう」  美しかった故郷。全て焼けてしまったが、いつかは帰るはずの場所。命からがら落ち延び、もうすぐ数ヶ月。帰ったらどうするのか、やっと考える余裕も生まれてきた。 「話を、いつでも聞きたい。我も『姫君』のまま一生を終えるはずだった。島の様子次第では、いつか、そうではなくなるやも知れぬ」 「ええ」 「御簾から出たこともなく育ち、我の『船』は異国から来た船ただ一艘」 「世界中に色んな船はありますが、姫君を連れて歌を歌う船もただ一艘でしょう。優しく、大きな船です。どうかいつまでも、大事になさって」  若き女王陛下の言葉に、入江姫が微笑む。 「『詩人』とは自由に生きる者達ゆえ、我とて迷うこともあった。………けれどあれこそ我のたったひとつの寶船。きっと、手放すことなどできなくなるのだろう。………ああ、そういえば、橘中将も、かつて同じ様なことを言っておったものよ」
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