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城の鍛冶工房にテオドールを残し、庭師の道具を借受け、ミーンフィールド卿はファルコと城を出る。
「ローエンヘルム卿は相変わらず鍛冶場にいると聞いてな。卿がいるのなら大丈夫だろう。代わりにこうして、掃除に出るのも悪くない」
「先代か。もう少し長生きしてくれりゃあな。俺らにとっちゃ恩人なわけだが」
親もいない不良少年出身の自分が、今や王宮魔法使いである。
「鳥達による莫大な情報網を持つ男を手放すと思うか。魔法使いの数も多くない。普通の魔法使いとは、私のように木々や草花と意思疎通が出来る、その程度のささやかなものだ」
「………お前のお袋が国境の森にわざわざ館を残していったのも、似たようなもんだろ」
「おそらくは。私は城に勤めていても能力を発揮できない性質だ。オルフェーブルには迷惑をかけているが」
「あいつは書類が愛人だから気にしてやるな。たまに家に帰さないと本妻のアンジェリカに何故か俺が締め上げられるがな」
エレーヌの父親でもある先代陛下。騎士団に所属していた父がその先王をかつて暗殺者の手から守り殉職した為、ミーンフィールド家である母と自分は、先王の関連邸宅への出入りが許されていた。
「俺まであの館に入っていいって言われるとは思ってなかったけどな。お姫様の家来にするには柄が悪いってわかってたろうに」
「いや、あの方はわかっていたのだろう」
「何をだ」
「何をというほど私は野暮ではとないのでな」
城の裏手に静かに佇む霊廟。その傍らで伸びた柳や糸杉の木々が少し申し訳なさそうに揺れている。ミーンフィールド卿がそんな木々に声をかける。
「今から整えよう。そんなに恐縮しなくても宜しい。墓守の仕事をよくこなしてくれた。こちらこそ礼を言わねば」
まだ老い込むより前に病で亡くなった先代が、妻と共に眠る静かな墓所。
「俺とゴードンを招いて、『姫君たるものきちんと腹心の家来を持っておかねばならんからな』だったっけな。で、思わず王様相手に言っちまったわけだ。『俺が悪い虫になるかもしれねえぞ』………うっかり打首にされても文句は言えねえ案件だったな」
ミーンフィールド卿が懐かしげに、糸杉を剪定しながら思い出すように言う。
「…………『さて「緑」の弟子よ。お前は鳥の魔法使いと聞く。悪い虫を食うことはあっても、虫そのものにはなりはしなかろう』………おかげでお前は未だに麗しき陛下の部屋にも通えないと来た。まさにご慧眼というものだ」
「………いい王様だったもんな。奥方さんもな」
自ら剣や杖を振るうことには長けていなかったが、魔法にも剣にも詳しかった王。騎士と魔法使いの国の長らしい御仁だった。その気質と、亡き后の『蜜のように』と称された美しい瞳を、今の女王陛下はまだ若いながらもどちらもよく受け継いでいる。あとは、平和でさえあればいいのだ。そしてそれは、自分達の仕事でもある。
「…………告げないのか」
「告げたら告げたで、翌日にゃ俺の首が城門に吊るされるか、あるいは脱兎のごとく流浪の旅の支度を整える羽目になるな。いくらなんでも下町上がりの魔法使いにゃ手が届かねえ。わかってたことだ。……お前だって言ってただろ。『主君になるからそのつもりで』とかなんとか」
「そうだな」
「お前、城に戻ってくる気は」
「ないな」
「似たようなもんじゃねえか。俺達はいつだってそうだ。適当に生きて、居心地が良い場所に収まって………」
「それで、だれにも言わずに磨くものもある。良い蜜を掬いたければ良いスプーンが要るだろう」
ファルコが長年の相棒をじっと見る。
「良い言い方だ。それにお前は相変わらずの悪党だ。哀れな相棒のケツについている火を消そうともしない。もっと精進しねえとなあ。こういう手合には、いつかギャフンと言わせてやらねえと」
「そうこなくては」
「張り合いがないってか。お人好しのくせに冒険癖が抜けない奴だな」
伸び切った木々の枝を整えて、二人はくつくつと笑う。そして、霊廟に静かに頭を垂れる。
「平和、か」
「………そうあらねばな」
入江姫とベルモンテが館に来た日から、少しばかりの不安が胸の奥に瞬く。取り立てて目立つところもないはずの小さく平和な美しい島を、何故帝国は突如侵攻したのだろうか。
「城に戻るか。俺の見立てだと海鳥たちは今日明日中には帰ってくる予定だ」
「了解」
剪定し終えた木々の枝を袋に詰めて、二人は城の方へと戻っていった。
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