第5話 銀の鎖と柳の木

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「…………臨月だった母に父の死を伝えるかどうか、普段は揉めることも少ない我らが騎士団も、大いに揉めたらしい。弓使いも捕まったというが、その男も首から銀色の鎖をかけていた」 『銀の鎖……』  島から戻ったカモメ達の報告はこうだった。 『銀色の鎖をかけられた何かが、島の祠から運び出されていった』 『とても大きな卵かと思ったわ』 『あそこはいつも硫黄が吹き出ている火山だから、鳥達も住めないんじゃよ。夜にあった出来事ゆえ、我ら鳥族には詳しいことはわからんが、大きな卵らしき何かを載せた船が、帝国に戻っていってからは、略奪もどんどんなくなっていったがね』 『帝国の兵士達ももうほとんど撤収していきました』  それが何のことだか、何に通じるかはわからないが、ゴードン・カントス・ミーンフィールド卿は知っていた。母親が生涯、銀色の装身具を身に纏うことがなかった理由を。 「………入江姫、ベルモンテ、島の祠とやらには、何があったのか教えてほしい」  いつになく厳しい顔をしているミーンフィールド卿を見て、姫君と吟遊詩人が顔を見合わせる。 「我が島の硫黄の山は竜神の住まう場所という言い伝えがある。火山ゆえ、卵をその熱で温めるとのこと」 「龍がつがいで住む、神聖な山だったはず………」  ぎゅっと唇を噛み締めてから、入江姫が答える。 「我らが父祖より受け継ぎし神聖な山を踏み荒らしていったのか、あの者共めは」 「龍?」  ファルコとテオドールが同時に聞いた。 「僕ら流に言えば『ドラゴン』ってやつだね。島の龍はよくある騎士道物語に出てくるドラゴンとは少し違って、雨を降らせてくれたり五穀豊穣をもたらしてくれたりするんだけれども、滅多に人前に姿を現さないんだ。巫女や神官たちが守っている山だよ」 「………皆は無事か」  入江姫が静かに鳥達に問う。 『沼地に逃げ込んで難を逃れた者達も多いそうよ。大きな館は全部焼かれてしまったけど、小さなおうちは残っているところもあるみたい。入江姫、どうか気を落とさないで。まずはお手紙を書くのよ。生きているって皆に知らせなきゃ。田んぼも焼かれて大変だけど、雀たちに聞いたら村外れの備蓄の倉庫が焼けてなかったから、人間達は大丈夫そうって言ってたそうよ』  ロッテと女王陛下が入江姫の両脇から言う。 「そうね。入江姫、私でよければ、添え状を作るわ。ねえカモメ達、誰か『話がわかりそうな人』はいて? 何ならその「巫女や神官たち」でもいいわ。きっと彼女の無事がわかるでしょう。それだけでも、島の皆はきっと喜ぶわ。寒い冬を乗り越える活力になるかもしれない」  ファルコがそれを通訳してやると、カモメ達がわいわいと声を上げる。 『つまり「大きい館で生き残った人間」のことですな。人の館の近くの情報ならば、カラス共の方が詳しいでしょう』 『あの黒い連中共はどうも態度が大きくて気に食わないですが、陛下のご命令とあらば何だって聞き出してきますぞ』 『硫黄の山の近くにはどんな鳥が住んでいますかね。ミズナギドリやカツオドリあたりが巣でも作っていればいいんですが。ちょっと時期から外れておりまして。まだ南への旅に出てない者達がいないか、周囲をあたってみます』  ファルコが、城の調理場から調達してきた、魚がたっぷりはいったバケツを差し出しながら言った。 「ご苦労さんだったな。まだまだ働いてもらう予感がするが、そうか、鳥達の渡りの季節になっちまったか。ちょっと難しい問題になるな……。俺の息のかかった鳥達はどうしても帝国の王宮には入れねえ。周囲から聞き出すしかないが、なんとか頼んだぞ。もう少し情報網を広げてみねえと」  ミーンフィールド卿が呟いた。 「そうだな。急いで調べたほうが良い。それが本当に龍の卵だとしたら、龍に『銀の鎖』をかけるということは恐ろしいことになる。ドラゴン、というのは金や銀、財宝を好むと聞いている。国を滅ぼすこともある、と伝説にはある。私はもちろん、まだ見たことはないが………」  入江姫の顔色が変わる。 「まさか」 「我々騎士にとってドラゴンを倒すことは最も名誉あることだが、それくらいにドラゴンは恐れられている。龍が崇められ、大事にされる島からそれと同様の力を持った生き物が奪われた可能性があり、帝国にはそれを操る手段がある、ということは、島だけではない大問題に発展するだろう」  ベルモンテが息を飲む。 「まさか」 「忠誠の証、としか聞いていないが、『銀の鎖』にはもっと魔法的な要素もあるのかもしれない。人の心を従えることができるなら、人以外のものも、もしかすると、でしかないが。………そもそも突然海の向こうの島を問答無用で略奪するほど、あの帝国は『金銭的には』困っていたりなどしないはずだ。その気になれば攻め込める小国なら、この大陸にいくらだってある。だとすれば、理由は他にあり、それは入江姫の島にしかない『何か』なのかもしれない、と気になってはいたのだが……」  ファルコが窓の外の街並みを見て呟く。 「………お前、そういう時だけ勘がいいんだよな」 「まあ、帝国とは少々因縁がある間柄だからな。ラムダに帝国の資料を一式持ってくるように言ってある。経費は勝手にお前につけたが」  女王陛下が言った。 「私が立て替えましょう。ミーンフィールド卿。あなたの仕事の速さにはびっくりするわ」 「テオドールに刺繍の教本とサンプラーを買ってやる約束がなければ古本屋にも寄らなかっただろう。この手柄は我が弟子に」  すると女王陛下が優しくほほえみ、一同の一番後ろで青い顔になっていたテオドール少年に微笑んだ。 「ありがとう、テオドール。いつか私に素敵な刺繍入りのハンカチを縫ってちょうだいな。どんな柄が良いかは、そうね、ロッテに聞いてちょうだいね」 「え、あ、は、はい!」  その一言で、張り詰めた空気が瓦解する。 「さてと、一席二席のジジイどもに「働け」って伝言を託さねえとな。あと文官共にもだ。情勢がヤバくなる傾向ありってことを伝えておこう。周辺諸国にもこっそりとだ。ま、笑って伏される可能性もあるが、言っときゃ良いこともあるだろうよ」 「私からのサインも入れておきます」 「ありがとうよ。ヤクザな魔法使いと唐変木の騎士だけじゃあ、威厳と信頼と信頼と信頼が足りねえからな!」
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