第5話 銀の鎖と柳の木

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「森に帰る前に間に合ってよかった」  大きな鷲達が、窓辺に本を次々に置いていく。 「帰るのですね」  森の木々、という国境の番人たちの長の様な存在でもあるミーンフィールド卿が頷く。 「城はファルコがいればなんとかなるだろう。ロッテは忙しくなるが」 「美味しいお食事を用意してあげてちょうだい」 「畏まりました陛下」 「あなたに、そう、あなたとファルコに『陛下』って呼ばれるのは、未だにどうしても慣れないものです」  女王陛下が苦笑を漏らして、鷲達を撫でて言った。 「あら、これは歌集ね」  吟遊詩人にしか読めない独特の綴りや東の国独特の形式の譜面を目にして、 「さすがはラムダだ。ベルモンテに渡しておこう」  女王陛下が胸のポケットから呼び鈴を鳴らし、侍女を呼ぶとその一冊を言づける。 「私が行ってもいいのだけれど、あの床に座るのが心地よくて政務が滞ってしまうのです」  今はこうして主君として仕えてはいるが、そういえば昔から、よく床に座り込んでは自分たちの遍歴話を聞いていた姫君だった。 「あの部屋の床もさぞかし光栄でしょうな。美しい異国の姫君に、陛下まで直に座っていらっしゃる」 「随分と騎士らしいことを言えるようになったのね、あなたも」 「これでも第5席ですからな。オルフェーブルとアンジェリカには、くれぐれも無茶をせぬよう私が心配していた、と伝えて下されば結構」 「わかったわ」  付き合いが長いせいか、時折、女王陛下もまた、姫君だった頃の口調に戻ってしまう。 「ロッテも忙しくなるだろう」  そんな女王陛下の隣で、ミーンフィールド卿はロッテの巣箱に手を伸ばすと、そっと小さな小瓶を中に入れてやる。 「滋養のある木の実だ。好物を詰めておいた」  鷲達がいる時は、他の小鳥達は出払っていることが多い。それを知ってこっそりと、彼女の巣箱に差し入れを入れてやったのだろう。 「相変わらず気が利くのね。きっととても喜ぶことでしょう。連絡係を、よく勤めてくれています」 「これからも、特に」  女王陛下が呟く。 「龍、ですか」 「私は昔、砂漠の王に言われたことがある。『お前は帝国に縁がある。決して忘れるな』と。島から採取した植物達が館で育ってきた頃合いだ。戻らねば。ラムダには手紙を送っておいたから、関連資料が手に入り次第、ファルコのところへ届くだろう。鳥達も東へと配備するそうだ。私も一度、東の森へ寄ってから帰ろう」  自分が生まれる少し前に帝国の刺客相手に殉職した父、苦しかった遍歴の旅を締めくくる戦いで出会った盲目の砂漠の王とその近習。やはり、自分はあの帝国にどうも縁があるらしい。それも、良からぬ縁が。ミーンフィールド卿が息を吐く。 「私のいらぬ心配であればよいのですが、ファルコの鳥達は嘘をつきませんからな」  女王陛下が笑いだす。 「ファルコも、大法螺を吹くことはあっても、嘘はつきませんものね」 「わかっていらっしゃる」  歳の離れた姪の様な女王陛下。先代国王からずっと仕えているローエンヘルム卿やティーゼルノット卿にしてみれば、本音はもはや可愛い孫娘も同然だろう。 (つまり、ファルコは大変苦労するということだ)  自分の騎士の遍歴の経験にはなかったはずだが、何故か自分は知っていた。恋というものはいつか抑えられなくなる日がくるものだということを。そして「街の不良少年」を「女王陛下付きの魔法使い」にまで引き上げたものが、何であったのか。  若く美しい女王陛下が蜜色の瞳と白い指先で、窓際の鷲達を撫でる。まるで一幅の絵の様だ。鷲達もあとで主人に大いに自慢し、ファルコが年甲斐もなく拗ねる様子が目に浮かぶ。思わず口の中で笑いをかみ殺し、ミーンフィールド卿は言った。 「お互い忙しくなるが、宜しくと」 「ええ。伝えておきます」
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