第6話 揺れる大地

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 数年後に勃発した砂漠の戦の直前に、カールベルクという小さな国から遍歴の騎士がやってきたが、男は何故か装身具を一切身に着けていなかった。まだ年若いのにどうしてか、とファラハード、今では「ダリーズ卿」と名乗っている近習が問うてみる。 「昔、我が父が主君を守るため、かの帝国の刺客の手にかかって殉職しまして。その刺客が、銀の鎖をつけていた、故に、我が家では決して銀の装身具をつけない、という決まりになっております」  ゴードン・カントス・ミーンフィールド。髭を少しだけ伸ばし始めた遍歴の騎士が、天幕一枚隔てた王に謁見する。 「よかろう。我が天幕への出入りを許す。よく励むように」  激戦の前夜。それでもいつもと変わらない静謐さ。あまり派手ではない小国の騎士が、ダリーズ卿に言った。 「明け方の砂漠は、あんなにも静かで美しいというのに、戦とは」 「我が主の兄王にとっては『最後の仕上げ』なのです。我が子に安全に王位を譲るための」 「成程」 「私は一度だけ、王に連れられて帝国の宮殿に行きました。王太子殿がお生まれになった日です。何故か魔法使い達が騒いでいたことを思い出します。それと、王の言葉も」 「王の言葉?」 「帝国には吉兆を、その他には混沌をもたらす何かが見つかった、などという、そういったお言葉です」  菫色の目が、少しだけ遠くを見つめて呟いた。 「私がもうすこし魔法を解していれば、理解できたことかもしれませんが、私は一介の従者に過ぎません。今となってはそれが、何とも悔しく、悲しいことです」 「王はあなたを最も信頼していらっしゃる」  ぱっと花が咲くようにダリーズ卿が答えた。 「それが、何よりも嬉しいのです。この命、我が王のためにありますから」 「貴殿は、もしや」  異国の騎士が思わずこの「ダリーズ卿」を見つめ、何かを言いかける。本来ならば木々や花々と共に在る魔法使いでもある騎士が、菫のような美しい瞳でただ王の住まう白い天幕だけを一心に見つめるこの近習をもう一度見つめて、小さく微笑むと口を閉じた。 「私が、何か?」 「……否、なんでも。この砂漠にも、良い花が咲くのですな」
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