第6話 揺れる大地

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 臨月の妊婦とは思えない健啖家っぷりを発揮してぺろりとサンドウィッチを食べ終わったアンジェリカが言う。 「ベルモンテ君、だっけ。あとで算術書はこの部屋まで届けさせるから姫様と二人で……」  言いかけて、突然ぷつりと言葉を切った。 「陛下、皆、伏せて。身体を低くして!!!!」  入江姫がはっと顔を上げる。 「地震か」  食べかけのサンドウィッチを抱えたままの女王陛下にアンジェリカが駆け寄り、入江姫の上にベルモンテが覆いかぶさる様に伏せた次の瞬間、突き上げるような衝撃が建物全体を襲う。思わずベルモンテが琴を落とし、大きく波打つように揺れる部屋に不釣り合いな典雅な音が響く。丸で世界が回るように大きく、大きく揺れる度に、城内のあちこちから侍女や従者達の悲鳴のような声が聞こえてくる。 「……大丈夫よアンジェリカ。お父様は言っていたわ。この城は何処よりも丈夫に建てたって」  そんな女王陛下に寄り添い、息を詰めるアンジェリカが呟いた。 「先代陛下に、感謝しなきゃね……」 「……執務室にいたら危なかったわ。ここには背の高い家具がないもの」 「入江姫に救われたってわけだね。ありがとう、姫様、女王陛下の恩人だよ」  そこに荒々しく扉が開き、ファルコが飛び込んでくる。 「よかった、やっぱこっちにいたんだな。エレーヌ、無事か!?」  アンジェリカが言う。 「我らが陛下をファーストネームで気安く呼ぶなと何回言ったらわかるんだこの阿呆鳥め!陛下は無事だ」 「執務室がひどい有様で一瞬青ざめたぞ」 「お昼をここで取っていなかったら危なかったわね。城内の皆の安否を確認してちょうだい。その後で速やかに片付けるわ」 「それより、外を見てくれ。アンジェリカもだ」 「外?まさか」  ファルコが少しだけ斜めになっただけで済んだ御帳台の横をすり抜けて、東側の窓を開け放つ。 「城下町は無事だ、今はな。けど見ろアンジェリカ、あれだ」 「…………なんだあの空は」  遠く東側の空が紅く染まり、雷鳴の音が微かに聞こえてくる。 「風が悲鳴をあげているぞ、一体……一体何だあれは。只事じゃない」  入江姫がベルモンテに支えられて立ち上がる。そして東の空をじっと見つめ、ぽつりと言った。 「…………我の島には、こういう言い伝えがある。空が紅く染まる刻は三つ。明け方、日の暮れ、そして、龍が生まれる日」  ファルコが穴の空くほど入江姫を見つめてから、空を仰いで呻く。 「あっちは帝国の方向だ。まさか、本当に、島から盗んだドラゴンの卵を孵したのか……帝国のクソみたいな魔法使いの連中か、何考えてんだかわかんねえ帝国の長の仕業に違いねえな。ゴードンの奴の懸念は当たったってわけだ……ロッテが戻ってきていたはずだ、ローエンヘルム卿の鍛冶場にな。連絡を取らせる。伝言がある奴はいるか」  アンジェリカが一瞬考え込む。 「……オルフェーヴルにはうちの『執事』を付けてる。もしも空でロッテとすれ違ったらガエターノに私は城にいると伝えるように」 「了解」 「ファルコ、すぐに城下に鳥達を」 「もう出せるだけ出した。街道がやられてないかも確認しろって言ってある。あと速く飛べる奴らは東へ送った。エレーヌ、じゃねえ、女王陛下。幸いにも城下で火事は起きてない。倒れた家もあるが、鳥達が把握に努めてる。今は落ち着いて、アンジェリカと一緒にどんと構えててくれ。ゴードンとオルフェーヴルが森から帰ってくるまでに、騎士団を集めておいてくれるとありがたい」 「任されたわ。それと中庭と中央広場を開けておくから好きに使っていいわ。城下の民が城に避難してきたらそっちに誘導して。中庭には薬草もあるから。私は常に大広間に詰めるわ。騎士達も来れる人から来てくれるはず。集合の鐘はすぐに鳴らしておくわね。他にも何かあったらすぐに言って」  まだ姫君と遍歴の魔法使いだった頃の口調に戻ってしまうが、言い直す暇などない、と女王陛下は判断する。 「まあ俺とゴードンは面倒な事態と不測の事態ってやつにゃめっぽう強いんだよ。何せ起こす側に関しちゃ一級品だったからな!ついでにオルフェーヴルも、残念ながら俺達との付き合いも大分長くなってきててな……」  アンジェリカが眉を吊り上げて言った。 「私の可愛い旦那に悪事を吹き込みやがって!この緊急事態、キリキリ働きな!さもなきゃ阿呆鳥と唐変木まとめて城門に吊してやるからって伝えとくんだよ!!ああ、私が身重じゃなかったら……」 「俺達が3倍働いてやるから心配すんな。お前がエレーヌの隣に仁王立ちして目ぇギラリと光らせてるだけでうちの騎士団は死ぬほどキリキリ働くから安心しろ。間違ってもその身体で重いもの持ったりするんじゃねえぞ!」  そして走るように部屋から駆けだしていくファルコを見て、女王陛下が『エレーヌの表情で』微笑む。 「彼ったらいつもああなのよ。こんな緊急事態でも、他人の心配が出来るのよね」  アンジェリカが息を吐いて、自分の主君のそんな横顔をじっと見つめて、僅かに首を振りながらもう一度深々と息を吐く。 「………あの阿呆鳥、20年早く城門に吊しとくべきだったってずっと思ってたし今でも思ってるけど、この騒ぎが収まるまで恩赦ってことにしてやるよ」
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