第6話 揺れる大地

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 何時ものように一人で昼ご飯を食べてから、工房から出してきた古い糸車を磨く。 (まだ十分使えるね)  そんなことを考えながら輪の部分にヤスリをかけていると、途端に突き上げられるような揺れに襲われる。反射的に糸車を抱えたまま工房の大きく頑丈なテーブルの下に逃げ込んだロビンが、蒼白になって目を閉じる。地面が回るような揺れ。旋盤にかけられた板のような気分だ。家中のあちらこちらから、色んなものが倒れる音がするが、夫の死後に色んなものを整理してあるこの家にはもう最低限のものしかない。ありこちに木材や作りたての家具が積まれた工房が全盛期だったころだったら大変なことになっていただろう、と混乱する頭の隅で、ロビンは思わず考える。 (地震なんて珍しい……結婚してから2度目だっけ。でも前のとは全然違うような……)  窓の外から町の人達の悲鳴が聞こえる。 (……テオドール坊ちゃんは、森だっけ。良かった。あのお師匠さんもいればなんとかなるよね)  揺れが収まり、ロビンは糸車をテーブルの下に置いて、かまどの火を確認する。あと少し速い時間だったら大変なことになっていたはずだ。  厨房脇の造りつけの食器棚の扉がこの凄まじい揺れで開いてしまったらしく、思い出の食器が割れている。唯一、夫との生活を忍ばせる白く美しい陶器。どうしても捨てられずにいたその美しい皿の数々が、粉々になって床を白く染めていた。心臓を直接掴み上げられるような恐怖と寂しさが、途端に猛然と足元から襲いかかってくるような気がして、思わず後ずさるように厨房を後にする。  とにかく外に出よう、と工房の裏手から外に出て、表通りへ走る。カールベルクの城へ連なる表通りを彩る美しい石畳がところどころひどく割れている。回りを見渡すと、壁が崩れかけている家もある。現状どこにも火の手が上がっていないことを神に感謝しながら、城へ、自分が家具を納入したあのお姫様と吟遊詩人の元へ行かねばならない。背の高い家具は御帳台くらいだが、軽くしなやかな木材を選んだのでこの揺れでも耐えているはずだ。くらくらする頭、まだ早鐘のように脈打つ胸を押さえ、何度も何度も深呼吸する。  『近所付き合いを大事に』ふと、夫の口癖を思い出す。  無意識のうちに拳を握り締め、一旦工房へ戻る。城ならば、今でなくともなんとかなるはずだ。入江姫は賓客なのだから。自分には別に、やらねばならないことがある。  何か役に立ちそうなものは残ってないか。ほとんど空になった工具箱から、重い木材を動かすのに使っていた鉄梃を引っ張り出す。誰かが家具の下敷きになっていても、これなら助け出せるはずだ。家具職人の未亡人。夫だったら同じように職人達を引きつれて町へ繰り出していただろう。今はたったひとりしかいなくとも、私はロビン・アーゼンベルガー、工房を取り仕切る家具職人の妻だったのだ。やれないことはない。重い金属でできた鉄梃を両手に、再度ロビンは家を飛び出した。
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