第7話 燕と大砲

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第7話 燕と大砲

 自分が生まれた日に魔法使いの塔から発掘されたのは、もう五千年以上も前に鋳造され、未だ朽ちることなく輝き続ける「銀でできた巨大な鎖」だった。  東の帝国、時に五千年帝国とも呼ばれる長い歴史を持つ強大な国。かつては大陸全土を支配していたという。  大陸全土の支配。それは『銀の魔法使い』、歴代の王達が持ち続けていた、如何なる相手をも銀で縛り続ける魔法。盲目だった砂漠の王である亡き叔父以外は、皆それを利用し、領土の発展に努めてきた、絶大な力をもつ『東の帝国の長』。それが、自分である。  だがそれも古い話であり、今やどの国にも大なり小なり魔法使いが雇われ、騎士団が国を守っている。五千年のうちに、半分以下に減ってしまった領土、そして栄光。しかし、自分の誕生と共に奇しくも発見された五千年前の遺物。 「大きな動物を操っていたのでしょう」  魔法使い達は口々に言う。 「………今や東の海の遥か彼方に去っていったという、ドラゴン。我ら帝国は五千年前に、彼等を下僕とし、他の国々を凌ぐ軍勢を王自ら自由に操りながら、版図を拡げていたのです。ゆえに、歴代の長、我らが王達は皆銀を扱う魔術を生まれつき得ているのです」  もはや古文書にも残っていない、伝説の出来事のような遣り取り。だが巨大な銀の鎖を見たときに、自分は思ったのである。王は魔法使い達に問うた。 「この鎖、ドラゴンさえ手に入ればもう一度使えると思うか」  魔法使い達が平伏し、同意を示す。王には心当たりが一つだけあった。幼き日に、亡き母親、帝国の妃がよく寝物語に聞かせてくれた物語。帝国の東に浮かぶ小さな島。そこには『龍』と呼ばれるドラゴンによく似た生き物が火を噴く山に住み、住民達に崇められている、という話である。  金銀砂子に彩られた美しく平和な、そして歴史ある穏やかな島。密偵を放って調べさせたところ、祠と呼ばれる場所には巨大な卵があるという。 「………その卵をこの宮殿に持って帰ってくるように。島は、如何様にしても構わぬ」  報酬など与えなくとも、あの島にはそれだけの金銀砂子がある。そして、銀の鎖で縛り上げ、宮殿に運ばれた大きな卵。触れると脈打つように熱い。 「………愚かな夢か、大望か、予にもわかりはしない」  宮殿の屋根が一部崩れ、四方を囲む塔のいくつかが轟音を立てて崩れていく。空は紅く染まり、金の雷鳴がその朱色の空を不気味に、だが美しく彩る。 「だが、予はお前に命じよう」  その王の目の前に、銀色の鎖を纏った龍、自分達の言うところの『ドラゴン』が、低く頭を垂れている。ドラゴンが纏う銀の鎖に触れて、王は言った。 「アルティス、カールベルク、フローリオ、フォンテイン、メロウフィーリア、我が帝国より西にある全ての城を、そして国を、全てを、お前と共に手に入れたい。………五千年の間、いかなる帝国の長も遣り遂げることができなかった、我が帝国の夢。今これよりこの夢、ただただ揺籠で見る夢ではなく、予と、お前で実現させて行くものとなった。皆のもの、そう理解せよ」  部屋にひれ伏す魔法使い達が微かに震える。狂気に限りなく近い夢。この王が生まれた日に出土した銀の鎖。このようなことになるとは、誰もが予想もしてはいなかった。たった一人を除いては。ひれ伏す老いた魔法使いの長が、頭の片隅の微かな記憶を掘り起こす。 (………もう何十年も前、あの砂漠の王弟の言っていたことは、これか)  この王太子は強大な力を得ることになる。平穏な世を揺らすほどの。誰もがそれを、兄王の生んだ王位継承者へ対する大袈裟すぎるほどの賛辞としか受け取らなかった。  世界を大きく揺らしながら孵ったドラゴン。まだ世界を知らぬはずの獣が銀の鎖を纏うと、鱗まで銀色に染まっていく。王の願う形なのか、どんどん姿形が膨らむように成長していく。そして、まだ幼く赤いはずの瞳に、王のそれにもよく似た銀色の狂気が宿る。 「征くがよい、我が忠実なる下僕よ」  謁見の間を覆い隠すほどの大きな翼を広げ、ドラゴンがゆっくり空を見上げる。次の瞬間、凄まじい突風が吹き荒れ、謁見の間のあらゆる調度品を粉々に粉砕しながら、崩れた宮殿の屋根から、ドラゴンが舞い上がっていった。
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