第1章

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下書きの跡すら見つけられなかった。  「何でこんな物が布に包まれてたんだ?」  不思議に思いながらも、キャンバスを灰色の布で包み直した。そして、机に立てかけたまま絵の具を手に掴み、第一美術室に戻った。キャンバスを元の場所に戻すことが億劫だと感じたからだ。自分のキャンバスに向き直ると、表情を引き締め雑念を振り払い、絵に没頭した。  一ヶ月後  開けた窓から上半身だけを乗り出し、グラウンドの部活動を行う部員を眺める影があった。研二だ。彼は今スランプに陥っていた。 桜の周りの風景がなかなか決まらないのだ。  「どうするかな。他の皆帰ったしな」  美術部員は三年生も含めて、総勢八人。幽霊部員をカウントしないとなると、実際に活動を行っているのは、研二を含めて四人しかいない。他の三人は早々に帰宅していた。  「はあ......」  もう一度、キャンバスと向き合い、風景を頭の中で練り上げて、下書きを描く。しかし、 胸のわだかまりがあり、納得がいかず下書きを消す。何度も同じことを繰り返してきた。 精神的にも疲労が続いている。しかし、目標となる文化祭はもう来月と迫っている。焦りと絶望が同時に研二の心を支配してきた。  「そうだ。隣見てこよう」  息抜きにと思い、第二美術室へと向かう。 突然、  ガタン!  何かが倒れる音がした。美術室には研二以外は誰もいない。物音がするのならば、誰かがいるはずだが、今まで第二美術室に誰かが入った気配も感じなかった。生唾を飲み込み、 ノブに手をかける。手はうっすらと汗ばんでいた。ノブを回し、そっと中を伺う。人影一つ見当たらない。ほっと息を撫でおろした。  「これの音か」  研二の視線の先には、一ヶ月前に棚の上から取り出したキャンバスがあった。机に立てかけていたはずが、何かの拍子で床に倒れていた。第二美術室の窓は開いておらず、風も吹きこまない。妙だと思いながらも、キャンバスに右手をかける。ぬるりとした感触が指先に伝わった。  驚いてキャンバスから手を放す。右手の指に赤い塗料のような物がべったりと付いていた。  「うえええ。最悪。何だよこれ」  ポケットにいれていたハンカチで手の汚れを拭き取る。拭き取った後も、うっすらと赤い塗料は指に残っていた。恐々と、キャンバスを包まれていた布ごと机に立てかけてみる。
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