眠り札

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 血の出るような悲鳴が上がった。乱暴にしめられた戸と廊下の間に美香の黒光る蛇腹の半身が挟まれたのだ。身体の端から内臓の混じった透明の液が吹き出した。真っ赤な尻の先がぴくぴくと痙攣し、激しい痛みの度合いが想像できた。  昭雄は扉を全身で押さえつけた。 「ふふふ、化物を閉じ込めてやったぞ!」  美香は両目から大粒の涙を流した。口の端から涎がで、情けなく鼻水が流れ出す。美香は必死になって扉に無数の爪を立てた。 「お父さん痛い、助けて、扉を開けて!」  美香がいくら声を上げても昭雄の耳には、ギギギギと言う鳴き声しか聞こえなかった。 「青花、早く湯を持って来い!」 「は、はい……」  青花は鍋を見つめた。コンロのうえでアルミの鍋が、地獄の釜のごとくボコボコと大きな泡を吹き上がらせていた。青花はガスを止めると両手で鍋の持ち手を握った。 「あなた!」 「床に置いてくれ!」  青花は言われるままに鍋を置くとリビングの扉まで下がった。昭雄は片手で鍋の取っ手を引き寄せると、美香のすすり泣く声の聞こえるトイレの扉を力いっぱい開けた。 「地獄に落ちろ!」  昭雄は叫ぶと両手で持った鍋の熱湯を美香の頭に浴びせかけた。ムカデ女の体から焼けつくような音が上がったかと思うと、狭い個室は蒸せかえるよな蒸気に包まれた。 「ぎゃぁぁぁぁぁっ、熱い、熱い、お父さん助けて!」     
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