雨の中、きみのとなり

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どれだけ本の頁を捲っただろう。僕は得体の知れない何かに呼ばれたような気がした。無論、遠くから大声で呼ばれたり、肩を揺さぶられたりしたわけではない。しかし僕を呼ぶその声は、本を読んでいる僕の意識の中に音もなく入ってきた。 僕は驚いて小さな悲鳴を上げそうになった。正確には、上げかけた。口から音として発せられなかったのは、喉のあたりで塞き止められたからだ。僕の横には女性が立っていた。ひと口で表すなら清廉な女性だ。目を閉じて顔を伏せている。体格は僕より低くて、つむじが見えるか見えないかという具合で、肉付きは全体的に細身だが、ふっくらとしていて健康的に思えた。髪は背中まで伸びていて、前髪は僅かに眉毛に掛かっている。雨に濡れたのかその髪は、しっとりとした艶をもっていた。肌は手入れが行き届いているためか透き通る程綺麗だ。身にまとっている衣服は上には純白のレーストップス、下はスカイブルーのスカート。全体的に寒色系で整えられていて、まったくの偶然だが僕の好みに沿っていた。 僕が本に意識を集中させている間に、僕と同じように雨宿りしに来たのだろうか。そう思案したが、彼女が両手で握り締めているものを見て僕は混乱した。傘だ。傘を握っている。じゃあなぜ?なぜ彼女は雨から逃げるようにここにいる?なぜ彼女の髪は濡れている?僕は少しの間考えたが、その問題を解くにはあまりにも情報が少なすぎた。 再び本に集中しようとする。しかし、謎が多い隣の女性が気になって、とても本に意識を注ぐことはできなかった。僕は栞を挟み本を閉じて、横目で女性を観察することにした。女性はピクリとも動かない。動く気配すらない。まるで精巧に造られた蝋人形のようだ。その姿に僕は暫しの間見とれていた。瞬間、僕はこの庇の下がまるで世界から隔絶された場所のような、奇妙な感覚に襲われた。ちょうど庇から滴る水が、世界と僕らを分かつ境目のなるように。 雨はずっと強弱の波を繰り返して、一向に止む気配を見せない。僕は隣の女性が気になって仕方がなかった。僕の意識が彼女を捉えてから、僕は一種の呪いにかかったようだった。彼女が持つ多くの謎と美しさに、僕が惹き付けられているのかもしれない。
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