雨の中、きみのとなり

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彼女の答えを反芻しながら、僕は考え込んでいた。彼女を呼んだのは僕ではない。それは僕にとって、限りなく確信に近いものだ。では彼女を呼んだのは誰か。一瞬、本を読んでいる時にどこからともなく現れた僕を呼ぶ声、アレではないのか。そう考えたが、直ぐにそれを否定した。あの時、僕を呼んだのは彼女だ。確信ではないが、やはり確信に近いものを得ていた。彼女を呼んだのはもっと別のものだ、と。 恐らく彼女は僕を呼んだ。そして、その彼女は誰かに呼ばれた。そう考えていると次第に、僕は迷宮に迷い込んだような気持ちになった。 自分で作った迷宮の中から出られなくなった僕は、思い切って尋ねてみることにした。 「誰に……あなたは誰に呼ばれたんですか?」 彼女を横顔を見据えながら言った。僕の唇が震えたのがわかった。口を閉じてから、もしかして僕は、聞いてはいけないことを聞いてしまったのではないかという罪悪感に苛まれた。彼女は何も発しない。聞こえなかったのだろうか。しかしその疑問はすぐに氷解した。彼女が目を見開いた。そして俯かせていた顔を持ち上げ、こちらに向ける。僕らは互いに顔を合わせ、見つめ合うかたちになった。彼女の瞳はとても綺麗で、見ていると吸い込まれそうだ。瞳の奥には冷え冷えとした何かが感じられ、僕にそれが痛いほど刺さっている。 僕は送られた秋波にどこか恐怖を感じた。手には汗が滲み、唇は干上がり、身体は凍ったように動かない。彼女はこちらを向いたまま動かない。空間や時間さえも止まっているような気がする。何も感じない。何も聞こえない。そういえば雨は止んだのか?雨音がしないのは雨が止んだからなのか?それとも……。 永遠にも近い時間が流れたあと、彼女が動いた。 彼女が、微笑んだ。まるでテストで満点を取った我が子を褒める母ような、優しい笑顔だ。 その時僕の中で、何かがはじけた。
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