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痛かったのだろう。ネコが鳴き声をあげて身をよじる。
一体なにをするのだ。思わず地曳が身を乗り出したその瞬間。
彼女の目の前に、淡い碧が広がった。
炎が広がるようにぼわっと。
あまりに突然の出来事に、彼女は息を止める。
炎のようなそれは、それにしては頼りないほどに淡く、それなのに力強く、その場の大気を染めるように広がる。
彼女の瞳は、碧を離さない。
碧は広がり続け、その場にある壁も緑をも染めあげた。
青年の髪が風に撫でられたようにふわりと揺れている。
目の前に広がった、理解のしえない世界。その出現に為す術もなく、肩から力が抜け、ずるりとカバンが落ちた。
常軌を逸したその光景は言葉を超え、それを形容しようと頭のなかで言葉を探す彼女の手をすり抜けた。
かろうじて開いた口から息がもれる。
だがそれもすぐに碧に染められて舞った。
視界の隅で光りがちかちかと瞬く。
しかし突然、ふっと空気の塊をぶつけられたような衝撃ののち、景色は碧を失った。
いつの間にか眼前の光景に引き寄せられるように、前のめりになっていた地曳の体は、引力を失ってよろける。
そのまま、路地のコンクリートに顔を向けたまま、彼女は固まった。
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