1st post : 点滅を始めた青信号

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 幸い女性が早めにブレーキを踏んだことで、男の怪我は足の骨折だけで済んでいた。それでも普通なら悶絶必至。だが男はそうした素振りは全く見せず、一点を凝視していた。  地面に転がったまま、一点を凝視していた。  男の世界にはその時、その視線の先に居る人物しかいなかったのである。  歩行者用の信号が青に変わり、その場に居合わせた人々が動き出した。車を止めたり、スマートフォンを取り出したり、子どもを守るようにその場から去ったりと各々の動きをするなか、ひとりの若者が運転手の女性と轢かれた男の元に駆けつけた。  若者は救急車を呼んだことを伝えると、パニックになっていた女性を落ちつかせ、轢かれた男が腕だけで起き上がろうとするのを確認してそこにかけより、肩を貸そうと屈んだ。  その瞬間だ。  その瞬間、男はなんの前触れもなく若者に襲いかかった。  若者は倒れ、轢かれた男はその上に馬乗りになり、取り出した包丁を若者の首めがけて躊躇なく振り下ろした。  その場に赤が舞い、女性の悲鳴が上がる。  スマホを構えていた野次馬も声を失い、幾人かが我に返って「止めろ!」と声を上げ、幾人かが悲鳴を上げて逃げた。 「魔法使いは1人でいい……いいんだ……!」  点滅を始めた青信号。その真下。手に持った刃物を狂ったように何度も振り下ろしながら、男は繰り返した。
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