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と、テーブルの隅に纏められた紙束に目がとまる。
結城がなにか作業をしていたことを思い出し、地曳は上にのっている紙束を手に取った。
その表紙には、『父親が幼児期に与える心的影響』という題名と偉そうな大学名、偉そうな肩書きの人名が書いてある。少しめくってみれば、幼児心理やら自我の形成やらと小難しい単語と文章が並んでいた。
「ああ、見てもわかんないでしょ」
論文の資料なんだ。帰ってきた結城が、あまり気にとめる素振りも見せず、キッチンへと消える。
「というか、父親嫌いなの? 母親は?」
「意外とぐいぐい来るよね……。むしろ好きだよ。2人ともこの世にいないけど」
「じゃあ、なんで父親だけ?」
両親共に居ないのであれば、なおさら、両親への興味になりそうなものだ。
「俺を呼び寄せたヤツのことが気になって」
「へーえ」
「ないね、興味」
「ないもの、興味」
なにをやっていたのか気になり、ただ片手間に見ただけだ。
口直しになにか普通の会話をしたかった。それだけ。
それに――
「動機がなんであれ、今のあなたがそれを知って、その経験に踏ん切りつけたいだけなんでしょ?」
聞いていれば、彼の場合、結局それだけに地曳は思えた。
「ああ……まあ、そうだね。そっか」
キッチンから返ってきたのは、そんな、気の抜けた声だった。
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