3rd post : 床ではねる銀の水筒

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 と、テーブルの隅に纏められた紙束に目がとまる。  結城がなにか作業をしていたことを思い出し、地曳は上にのっている紙束を手に取った。  その表紙には、『父親が幼児期に与える心的影響』という題名と偉そうな大学名、偉そうな肩書きの人名が書いてある。少しめくってみれば、幼児心理やら自我の形成やらと小難しい単語と文章が並んでいた。 「ああ、見てもわかんないでしょ」  論文の資料なんだ。帰ってきた結城が、あまり気にとめる素振りも見せず、キッチンへと消える。 「というか、父親嫌いなの? 母親は?」 「意外とぐいぐい来るよね……。むしろ好きだよ。2人ともこの世にいないけど」 「じゃあ、なんで父親だけ?」  両親共に居ないのであれば、なおさら、両親への興味になりそうなものだ。 「俺を呼び寄せたヤツのことが気になって」 「へーえ」 「ないね、興味」 「ないもの、興味」  なにをやっていたのか気になり、ただ片手間に見ただけだ。  口直しになにか普通の会話をしたかった。それだけ。  それに―― 「動機がなんであれ、今のあなたがそれを知って、その経験に踏ん切りつけたいだけなんでしょ?」  聞いていれば、彼の場合、結局それだけに地曳は思えた。 「ああ……まあ、そうだね。そっか」  キッチンから返ってきたのは、そんな、気の抜けた声だった。
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