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過去のあの出来事をはぐらかすことは今まで何度もやってきた。初対面の人間がその力を知った上で近寄ってきたのも、黒羽の件で経験済みで初めてではない。
だが、黒羽の時とはまるで違った。
場所は人目を気にしている地曳がなにもできない、混雑したレストラン。
真希が帰ってこない今、席を離れることはできない。
それに、“感情はよく見える”と言い切るこの少年に通用する誤魔化しなんて、彼女には思いつかない。
少年は目的を打ち明けた時点で、すでに彼女の逃げ道を奪っていた。
地曳は生きた心地がしなかった。全てが最悪に向いている。そんな気がしてならなかった。
相席になったことも、まず真希と親しくなったことも、あの寒気も真希の異変も、気のせいや偶然ではなく蔵田によるもので、今も手のひらの上で転がされているのではないか、と。
それでも一瞬、安易に真希の帰りを期待した。彼女が帰ってくれば、蔵田はまた着ぐるみを着なければならなくなる。この空気から逃げることが出来る。しかし、それがいけなかったらしい。
――殺された人たちは使えたのかな? ……魔法。
頭の中で、つい1週間前に聞き流したはずの真希の声がこだました。
地曳はつばを飲み込む。
「ああ、慌てなくても僕はそれじゃないよ。大丈夫」自分の伝票を手に取った蔵田が、地曳の耳に口を寄せる。
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