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彼女は唇を固く結び、クラクションを鳴らしてきた車に謝る振りをしながら手のひらを向けた。すぐに手を下ろせば、車がひとりでに1メートルほど動き、男の行く手を妨げる。
加減に失敗し、左足が少し車にぶつかってよろける。
地面に手をついたが、すぐに起き上がり、彼女はまた走り出す。
しかし、走りながらどこへ向かえばいいか分からなくなっていた。どこへ行っても人がいる。力を使わなければ勝てない。いや、本当は使いたくもない。誰かに助けを求めたい。が――、
誰に? どうやって? 普通の人が理解できる?
彼女自身の声がそれを妨げていた。
力云々は関係ない状況だというのに、それも分からなくなっていた。
「あっ!」
足がもつれて、またこける。
顔を上げれば目の前に男がいた。男は満足げに笑い、ゆらゆらと近づいてくる。
彼女は転んだままでずるずると後退しながら、縋るように周囲を見渡す。
“人に助けを求める”という選択肢は、追い詰められた彼女の頭から完全に消え失せていた。
彼女の目は必死でなにか使えるものはないか探す。
人に気付かれず、引き寄せることができて、勢いがついて、男にダメージが与えられるものを――「矢恵ちゃん!」
背後から声。
振り向くと、一直線に走ってくる影があった。
結城ユウトだ。
「結城さ」「跳ぶよ!」
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