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黒羽の大きな手が地曳の両頬を片手で掴み、地曳は強引に前を向かされる。と、同時に金属が勢いよく地面にぶつかる音が響いた。
「へ?」
よそ見をしている間に、形勢は180°変わっていた。地面には男の持っていたナイフが転がり、男は膝をつき、結城に腕を掴まれている。
腕を掴む結城は、多少息は上がっているものの、汗ひとつかいていない。
「普通じゃねェよ。戦闘は異世界の英雄仕込みだから」
黒羽が少し興奮したような低い声で笑った。
地曳は全身から力が抜けそうになった。
時間にして、10分も経っていないだろう。だが、とてつもなく長く感じたのだ。
「……なんか紐」
あたりを見渡す結城の足もと、腕を掴まれて大人しくなった男に地曳は目を向ける。男の口は動いていた。
初めはなにを言っているのか分からなかったが、徐々にある言葉を繰り返していることに気付く。
『魔法使いは1人でいい』と。
すぐ近くに居る結城より、その場の誰よりも早くその声を拾ってしまった地曳は、改めて震えた。無残に刺殺された事件に意味不明な合言葉、その狂った感情を向けられたのが自分だったのだ。
だが、すぐ冷静に戻った。
『魔法使いは1人でいい』そう叫んだとされる殺人鬼たちは、完全に対象を殺すまで暴れ続けたという。
男もそうだとするなら、武器を奪われて腕を掴まれた程度では止まらない。
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