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それもそのはずで、地曳の通う高校、その学生が使う路線は2線ある。
ひとつは東京23区、豊洲辺りの一区画を持ってきたようなビル群の中にあり、東京へ海沿いを行く路線。沿線に比較的新しい集合住宅群やショッピングモール、テーマパークなどがあり栄えている。
そして地曳が向かっているのはもうひとつ、向かう途中でわりと交通量のある国道は超えるものの、よくある町の古くからあるローカル線だった。
後者も無人ではないが、もちろん、大半の学生が放課後利用するのは前者だ。
地曳も海側の駅から出るバスで帰る事が出来る。友人と駅前の映画館に立ち寄ったり、全国チェーンの某有名喫茶店で何でも無い時間を過ごしたりと普通の高校生らしいことをするために前者――海側の駅へはよく行く。
だが1人の日は別で、好んで町側の駅へと向かった。途中にあるパン屋のメロンパンが美味しい事もあるが、ほどほどの人通りとほどほどの空の広さに安堵するのだ。
余程暗くなるか疲れるかしない限りは、歩いて町側の駅へと向かう。それほどには好きだった。おかげでローファーの靴底の減りが激しいことには目をつぶって、である。
それでも、ほどほどの人通りのみを求めるなら、時間をずらして変えれば良いと思うだろう。しかし、彼女が授業終わりの最も混む時間帯に、わざわざ高校を出る理由は他にもある。
地曳の目に、小さな鞠のような灰色が飛び込む。
「あっ」彼女の髪がはねるように揺れた。
しなやかにあるく小さな影、ネコだ。
ネコは地曳の視線には気付くことなく、緑の日よけが目印の小さなスーパーの脇へとすっと消える。
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