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「でも、なんで今まで教えてくれなかったの?お父さんが僕のそばにずっといたこと」
「だって枕がお父さんやでって言っても普通は信じられない話でしょ?しかもこの先いつ人間に戻るか分からないし、ただの枕になってしまうかもしれないし」
母はそう言いながら、洗濯物干しに並べられた枕カバーとその中身を交互に優しく撫でた。母は母で人に言えない辛さを抱えていたのだと、僕はこのとき初めて気付かされた。
「僕は信じるよ。昨日あんなことがあったんだから。これまでのことも納得できるし」
そう言って母の隣に立った僕は、母と同じように枕カバーと中身にそっと触れた。今まで自分に父親はいないと思ってきたけど、そうじゃなかった。僕のお父さんは、僕が生まれたときからずっとそばで守ってくれていた。そのことへの愛おしさと感謝の気持ちが胸の底からこみ上げてきた。鼻先に少しツンときて、僕は思わず横を向いた。
「大好きだよ、お父さん。これからもずっと一緒だからね」
僕が笑いかけた先で、枕カバーが風もないのに小さく揺れた。その表面に薄く刻まれた無数のシワが一瞬、アルバムの写真で見た父の笑顔に見えた。昨日、暗い夜道を一人で走ったときと同じ力が、僕の中から突然湧いてきて心を明るく照らした。
(完)
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