第一章 マクラの仕事

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”レムくんへ、今日もママはマクラ営業で遅くなります。晩ご飯は冷蔵庫にあります。良い夢を見てね”  夜の七時頃に小学校の学童保育から家に帰ってきた僕は、母の書き置きの手紙を読みながら冷蔵庫を開けた。上から二段目のいつもの位置に、こんもりと皿に盛られたチャーハンがあった。「マクラ営業」のときの母の定番メニューだ。 「今日のは味が濃すぎないといいんだけど」  僕はそう言って冷蔵庫からチャーハンを取り出して電子レンジに入れた。「マクラ営業」の仕事に出かける前の母はいつもどこかソワソワしていて、料理中も調味料をいくら入れたか分からなくなるのが常だった。「足りないよりは多い方がいい」が母のモットーだから仕方がない。 「特に睡眠は沢山とらなアカンよ。嫌なことはヨウサン寝たらすぐ忘れられるからね」  母は小さい頃からよく僕にそう言って聞かせた。物心着く前から父親がいなくて学校でからかわれたときも、関西出身の母の方言を真似されたときも、僕はいつも早めにベッドに入った。自分の枕に顔をうずめて大きく深呼吸をしていく内に、まぶたが重くなって頭の中がフワフワしていつの間にか眠っていた。翌朝目が覚めると嫌な出来事は輪郭がかなりボンヤリとして、昨日までの心の傷がすっかり治っていた。眠るってすごいな。朝食の匂いがする台所に駆け込んだ僕を、朝帰りの母が微笑んで抱きしめてくれた。
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