第一章 マクラの仕事

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 母が「レム睡眠・ノンレム睡眠」にちなんで名付けた「レム」という名前にふさわしく、僕は赤ん坊の頃から眠ることが大好きだったみたいで、初めて喋った言葉は「布団」の「トン」だったそうだ。  チャーハンが温まったので食卓に運ぶと、僕は一人で晩ご飯を食べながら母の仕事内容に思いを巡らせた。今日のお客さんは五十代のサラリーマンで、母の常連の一人だ。「ママがいないと全然ダメなんやって」と、今朝の母は誇らしげに口角を上げて言っていた。  去年の小学五年生に「マクラ営業」の正しい意味を知るまで、僕はこの言葉が恥ずかしいなんてこれっぽっちも思わなかった。小学三年生の保護者参観で、「お母さんはボクを育てるために今日もマクラ営業を頑張っています」と作文に書いて読み上げたら、机の後ろの方がザワザワして妙な空気になったことを今でも覚えている。母がその場にいなくて本当に良かった。  僕の母は、色々な事情で睡眠不足に悩む人の「マクラ」になる仕事をしている。「マクラ」になるとは文字通り、枕カバーに母自身が入って横たわり、その上にお客さんが頭や体を乗せることだ。それ以外の内容、例えば最近僕が保健の授業で学んだ「赤ちゃんを作ること」とか、母が毎朝僕の頬にしてくれるチューとか、眠るのに関係のないことは一切しないルールになっている。母の役目は「マクラ」としてお客さんを癒やすことで、優しく子守歌を歌ったり、自分の体を揺りかごのように揺らしたりと、お客さんが眠れるように色々努力しているそうだ。「マクラ営業」での母の成績はトップクラスで、所属している会社からもらった表彰状が、我が家のリビングのボードの上に何枚も飾られている。
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