寝ても覚めてもそばの人

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

寝ても覚めてもそばの人

 目の前の座卓では、着物の女の子が眠っている。着物姿の女性はやはり綺麗だな、とつい視線が外せなくなる。もちろん着物を着ていれば誰でもということではないのだが、そこをあまり深く考えるとこのあとの仕事に影響が出るので、できるだけ考えないようにする。  二つ下の高校の後輩が家庭教師を頼んできたのが三ヶ月前、大学に入ってすぐのことだった。何かしらアルバイトを始めようと思っていたこともあってすぐに引き受け、こうして土日の夜は毎週彼女の家にお邪魔している。もちろん高校時代に彼女の家が純和風邸宅だとか、彼女の普段着が着物だとか、そんなことは知る由もない。学校の制服姿で快活な彼女の姿しか知らなかったから、お嬢様然りとしたお淑やかな姿には最初戸惑ったものだ。  まあそれは彼女も同じだったのだろう。今まで見せていなかった姿を見られて気を張っていたから、最初の頃は授業の最後の方は疲れきって目が虚ろだったりしたものだ。それを解消するためだろう、一月ほど前からこうして授業が始まる前に彼女は仮眠をとるようになった。部活をやって夜には勉強。大変なことはよくわかるので、本来七時から始めていた授業は、彼女が起きてから開始ということにした。  授業は間に十五分の休憩をはさんで一時間ずつ。通常の学校の授業より一コマの長さが長いのだから、集中力を維持するためにも仮眠はいいことだろう。 「…………おはようございます、先輩」 「ああ、おはよう」  今日教えるべきことをテキストを見ながら復習していると、彼女がゆっくりと顔をあげた。眠そうな眼もとをごしごしと擦り、短い髪がさらりと揺れる。 「やっぱり、いいですね」 「ん、何が?」 「夢で終わらないっていうのは」 「? いい夢を見てたってこと?」 「そんなようなものです」  彼女はそう言いながらぐっと伸びをした。具体的なことを、彼女はあまり言わない性格だ。だから少しだけ、彼女はミステリアスに見える。 「さて、それじゃあ今日もよろしくお願いしますね」 「おう、よろしく。じゃあまずは先週の宿題から――」  授業を始めれば、関係ないことは一切考えない。彼女の志望校は自分と同じ大学。その夢を叶えてあげるために、できることを全力でやるだけだ。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!