夢のまにまに

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 これまでいちばんひどい目に遭ったのは、高校生のとき。部活を終え、普段よりも一、二本遅い電車に乗った。五時五十五分。部活で疲れて、席に座ったのがいけなかった。居眠りの男性に寄りかかられたとたん、杏子は白い『夢』のなかにいた。  ちなみに相手が隣席の居眠り男だったのだとわかったのは、もちろん『夢』から覚める瞬間で、その答えを出すのにまる二日かかった。そのせいで、目覚めた場所は病院のベッドのうえだったのだから、心底笑えない。  精密検査を受けまくり、親にも心配と迷惑をかけ──それでも杏子はまだ両親に『夢』のことをカミングアウトしていないが──、学校でうわさの的にもなった。  謎が解けなければ、延々と『夢』のなかに閉じこめられてしまうし、そのあいだずっと、現実世界の杏子は意識を失ってしまう。せめて、外の時間の進みが『夢』のなかよりもゆっくりであったならいいものを、体感時間とぴったり合うのだから困ったものである。 「今日はいったいだれなの?」  早くしてよ、とばかりにひとりごつと、声はうわん、と周囲に反響した。白い視界が波打ち、うねりながら明度を落としていく。  頭上から青みを帯びはじめた世界に、杏子はごくりと喉を鳴らした。気持ちが一気に張りつめていく。なぜって、『夢』は再上映されることのないものだからだ。  『夢』のなかで謎を解く手がかりは、『夢』の変化にしか現れない。ひとつの手がかりも漏らすことができない。     
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